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だしの香り

私はセッションを続けてきて、
好きなものが変わって行きました

まずはうどん→ねぎ→エビ→里芋の煮っ転がし

それぞれに、思い出があるのですが、
セッションで好きな卵焼きの味を決めるというミッションがあり
お店屋さんで買って食べてみたのですが、
どうにもこうにも、
自分の好きな味というのがわからなくなっていきました

最近の好きなものとして、里芋の煮っ転がしがでてきて
それは、おばあちゃんがつくってくれた
甘辛い味の茶色で照りっとした煮っ転がしで、
(この味が好きなら、出し巻きもそれにあった味になるべきだろう)と、
好きな味に”べき”を入れてかんがえるという
自分の好みを思い込みで決めていました

でも、私が普段からつくっている卵焼きは、
京風の白だしを使った茶碗蒸しの味を
少し濃い目にしたような味付けなのに、
とたんに、甘い味の卵焼きが美味しいと
家族に宣言したことで家族は混乱していました

いろんな味の卵焼きを作っても、家族はそろって
京風の白だしを使った茶碗蒸しの味を
濃い目にしたような味付けを選んで食べていました

やっぱり私もその味がいいんです
なぜその味がいいのか、私は、どうしてもわからないでいました

メンバーと好きな食べ物の話を振り返っていた時、
やはりうどんを連想し、
うどんのなかでダシが一番すきだったことを思い出しました

確かにネギもすきなのですが、
私は無意識にダシを多くつくって食べています

このダシが私にとってすきなものだったんだなとおもえる
記憶がありました

実家では、お客さんが来て、仕出し屋さんから料理をとったとき
お客さんの分だけしか用意されていなかったけれど、
おすましは、私の分もよういしてくれていました

私の分のおすましがあるということは、
母親のなかに自分が存在しているという
確認ができるものだったんだなと今さらながら思いだしました

お湯にほんだしを入れて、塩とお醤油を少々入れ、
椀だねには、小さく切ったお豆腐や、かまぼこ

そして、いつもなら小口切りにしてあるネギを
かっこうよく、斜め切りにしてありました

アツアツのおすましのお椀を持って、
ふぅふぅと息を吹きかけて冷まし
ずずずーっとお汁をすった時のあのカツオの香りが
ふわっと鼻にぬけていく感じ

味というよりも、なんともいえない良い香りが
鼻一杯、胸一杯に広がる感じ

あのなんともいえない良い香りが私は大好きでした

母が私の分としてつくってくれていたおすましを呑む事で、
私が母にとって存在してるんだという感覚を感じ
おすましの香りをかぐたびに、
自分の存在を確認していたのかなとそんな気持ちになりました

私は、煮物や鍋物、お味噌汁でもダシの濃い味につくります
冷蔵庫には、濃い口と白だしの濃縮だしを常備しています

だしの香りは、わたしにとって
存在していることを確認できる食べ物なんではないかと思います


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ケチをつける (メモ)

<ケチをつけるということに対しての
私ときんたろうさんとのズレ>

私のイメージ 難癖をつける 絡んでくるなど
きんたろうさんのイメージ 認証しないこと


<どれも好きでない> 私

私は好きという認証をしない

好きなものを言わない
それは誰にも興味ない状態

好きと言えない隔たり=母親への隔たり
何を選んでいいのかわからない人間は常に混乱

母親嫌いなのに好きなような自分を演じている
それにまわりは混乱する

母親好きになろうと努力している
すきでないもの好きといっている

本当に好きなのか?
取り繕ってる所混乱させられる

お母さん美味しいと言うから美味しいと思わなければいけない
その美味しいがお母さんの思い込みやったらギャップ一生うまらない
自分の好み全くなく、人の言ってる事に心奪われけちつけるしかない



<遮断して混乱させる> 私

意図的にずらす
家族の好みにあえてずらしている
ケチをつける(一致しない)ことでの遮断と
認証することでの遮断がある

ケチをつける あからさまな否定、遮断 と
認証する 肯定しているようで見ていない遮断 がある

ケチをつけられたにんげんが、
認証されているにんげんにケチをつける
ケチをつけた事に対する罪悪感をかんじられないくらいの量
認証された人間は、二つのタイプの遮断を受ける事になる
このことが日常茶飯事に起きている事で
ケチをつけた人間は罪悪感置き去りになる


正当化するためのいろんな方向性

気持ちいい 正解
気持ち悪い 不正解

気持ちよさを感じられない状態が当たり前で快を
つくるには、感覚を麻痺させるしかない

快と不快 決められず迷い混乱
そのため、与えられた常識(ガイドライン)に沿う
そこから外れるのが不快
そのために外れられない

<現状にとどまっているのか?>

質問されたときに、過去に言っているか、
先読みしているかにわかれず質問された事にこたえる

自分の意思、感覚をもつ
人にまどわされない おびえない
感情が貫通したらぶらされることが少なくなる
ぶれ少なくし、中心に持っていく
自分が判断する軸を作る

現状を見て答えを出す
そこで意見合うように判断する


--------------------------------------
<復習> ケチをつけること
--------------------------------------

ケチをつけることで、
相手の達成感を感じさせない

ケチは悪い評価(認証していない)と感じることから、
出来ていない(拒絶)と感じさせることができ
自信を無くさせ、自立する気持ち、やる気、勇気を削ぐ

自己肯定感を感じさせない

悪い方向に目や意識を向けさせている

そうやって奪い続けている

ケチをつける思考は拒絶し続ける思考

人とかかわりあうことを遮断させる


これがケチをつけられると言う風に考えると、
自分が今までされてきたこと


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カレーレポート

きんたろうさんのカレーを作りました

第一回目

鳥肉を使って、
ルーはジャワカレーのスパイシーブレンドと
二段熟カレーの甘口を使いました
スパイシーで辛い

kare-1


第二回目
肉は鳥肉、
ルーはジャワカレースパイシーブレンドと
二段熟カレーの甘口をつかいました

前回と同じ材料でつくったのに、
なんだか違う~

スパイシーで辛いんだけど、
最初に甘みがきて複雑な味が楽しめる
と、言い聞かせてる感あり

kare-3

きんたろうさんのカレーの味を確かめに、
ロイヤルホストに行ってジャワカレーを食べてみました
ここで気づきました
私は辛いカレーより甘めのカレーが好き
でもって、ルー多めがいい

roiho



第三回目
肉はカレー用牛バラ肉、
ルーはジャワカレー中辛と
二段熟カレーの甘口を使いました
酸味にトマトを少し入れました

第一、第二と違うルーを使い、辛さもうんと減り、
今までつくった中で一番美味しい出来でした

kare-2

ちなみに・・・
第一回目と、第二回目と
同じ材料をつかったのに、なぜか見た目が違った理由がわかりました

火加減です

二回目は、
3時間煮込んだのですが火加減が弱火と中火の間くらいで
何度かお水を足してつくっています

一回目と3回目は、弱火でコトトコ煮込んでいます

同じ材料を使って料理をしているのに、
こんなに見た目が変わるんですね 

私は最初、あえて鳥肉をつかってカレーを作りましたが、
牛肉を使うとカレールーの濃さや照りが違うように思います

牛肉は高いというイメージから、
私はほとんどの肉料理に牛肉をつかいません

カレーに入れる肉ひとつでも、
こんなに色やルーの味が変わるんですね 
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8月10日の記録メモ

表の配列と裏の配列

配列にもタイプがあるという話

本人も気づきやすくおもてだった配列と、無意識できづかない配列

気づきやすいおもてだった配列を意識して崩すと、
無意識できづかない配列が強化されているときがある

裏の配列というのは、無意識の我慢

いくつもの配列に縛られているところを、
ひとつひとつひろいだしていく

自分がくずさないかぎり、子供がくずれない
その我慢が違う所に出る

お母さんのアピールを子供は知っているので、
どんどん窮屈になっていく

どちらにしても自分が無理をしている

自分を解放するために、
表の配列と裏の配列をきっちりいしきしていく



良い記憶

相手の緩和している状態は記憶に残る

理不尽を忘れられないと良い記憶思い出さない
なぜなら、人を拒絶するとき良い記憶がじゃまになる

良い記憶があるというのは宝物
それがでてくると、記憶の色が変わる

良いイメージや記憶を引き出す
頭の残像うかぶと話したくなる
それをこまかくいえるようになるのが表現力

人の良い記憶をきくと自分も引き出される連鎖が起きる

良い記憶出てくると自分がゆるめれる

喜びとくやしさの葛藤
悔しいが強いと引き戻しに会う
自分の理不尽うけた場所に執着してしまう
そこに戻りたい気持ちに支配される


わけるの延長線上にあるもの
無意識の緩和
意識的な緩和




意思疎通の感覚

何かにはまることで空虚をうめている

人とつながることの楽しさを一度経験すると
またつながりたくなる
ACにとって恐ろしい現象
それが修正能力になる

一緒にやった楽しさは捨てられない

逆にあらさがしすれば孤立して行く
孤立をうむ癖、もう一回を制御

楽しかった状況は再現したくなる

私の事わかってくれたと相手の事わかった
これを探している

共有した現実と過去とがつながる

意思の疎通出来たみつけてくれた
また見つけてほしい

他のメンバーとできるようになる
探す番→プロ

話して一致した部分つなげてもらった感覚
わかってくれたら満足

そのポイントをとらえる

自分が本当に心から喜んでいる事に気づく

理論でポイントはわからない
人の話と過去のポイントあわせられる

自分の記憶と常に一致

相手の面倒くさい記憶をつなげる
聞いてみないとわからない
研究に力を注ぐ

自分満たされる事に執着
全て網羅できる人なしで生きていけないというのは依存

メンタルの自立→味を感じる事
このみなければ何もしようがない
カレー、カップラーメンなどなにか自分のこのみを見つける

やってもらったこと消せる能力 表
こどもにやってきたことないがしろ 裏

やってもらったきおくなくなる
やった記憶消す

感情ないが共通

ポイントとは?

いえないことわかってもらえる
自分の意思 好きなもの はっきりしないこと
まとまっていかない
自分の基準がないときまらない
そこから一歩もでれない
自分の意思はっきりさせるための記憶

自分の過去は自分で振りかえる
緩和して記憶出せる
記憶出た状態で自分が判断する

その人の本心みつかればOK


自分で書いて行く
無駄な作業が力になる
人見れるようになったら回復出来る

今の現状把握できない
言い訳言ってる
言い訳通用する時間を短くする



自分の変をみとめたくないは
子供への罪悪感のなさ

変なのは母のせいじゃない
変なのは自分

変な自分にそだてられ
大変な思いしている子供

おかしい ≂ 恥ずかしい
           ↑
           変


はずかしさないのは子供への罪悪感ない

自分のこっけいさわからない
理不尽感も感じてない
感覚の軸はない
当たり前があたりまえじゃない

自分のあたりまえピントずれてる
わからなければ修正できない

自立 ≂ お金稼げる人

AC 自分みたる状態まで行く
一人の人見れんでなにができる

みとめないとそこから先はじまらない



感情取り戻す

好きなものは好き
美味しいものは美味しい




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ゲームボーイアドバンス

長男が5年生の時です

その頃の私は、主人のうつ病と長男の学校でのいじめ問題で
いつも頭を悩ませていました

学校で懇談があり、私は担任に長男がいつもいじめられている事
我が家は主人も病気だし、
大変だという事を伝えようと学校に向かう途中
携帯に電話がかかってきました

当時、仕事を長期療養休暇で休んでいた主人に、
家の中でうつうつとしてないで、
気晴らしに子供たちを一人ずつ連れて遊びにいったらどうだと
私から提案し、主人はいわれたまま
まず、長男を連れて梅田にあるポケモンセンターに行っていました

ポケモンセンターでうっている、
ゲームボーイアドバンスを買ってほしいと長男が言っている
幸い、手元にお金があるからかってやってもいいか
との電話でした

ちょうど、ポケモンのゲームがはやっていて、
長男のクラスでも話題でもちきりだった時期だと思います

私は、(ゲームなんか!)と、
そんなに悪いものをなぜ買って良いかなどきいてくるのかと
怒りとともに主人に買わないでやって欲しいと言いました

私の返事を聞き、一度主人は電話を切ったのですが、
長男が一生のお願いだからと店から離れようとしない
買ってやってもいいかともう一度電話がかかってきました

私は、小学校の廊下を歩いていて、
担任の先生と話す手前まできていました

「だめっていってらだめ
あの子はのめり込んだら他の事なんにもしなくなるんだから
絶対だめ」

そう言うと、これから懇談だからと電話を切りました

長男にゲームボーイアドバンスを買ってほしいと
延々ねばられた主人は、私に買うなと言われ
買ってやることもできず、
なんとか長男を説得してくたくたになって家に帰ってきました

当然のことながら、
その日から主人の病状は悪くなりました
私はその時、電車で出かけたから疲れたんだろうと
自分のやっていることは棚に上げていました


後日、私は
長男に、赤いプラスチックでできた
ポケモン図鑑というのを買ってやりました

ポケモンの名まえを入力すると、
ポケモンの特徴が表示されるだけの、しょぼいおもちゃでした

長男はそれをもって、友達の所に行きました

ゲームボーイアドバンスを使って
ポケモンのゲームソフトで遊んでいる横で、
長男は、ポケモン図鑑でゲームをしているふりをしていました

そんなもので友達同士のやり取りができるわけもなく、
友達がやっているゲームが見たくて
横から覗き込むようにしていると、
うざいねんおまえ とか、 じゃまやねん あっちいけと言われ
それでも側にいる長男を
友達はつきとばしたり、蹴ったりしてきました

とうとう、側にいられなくなった長男は、
同じマンションの階段の1階でみんなが話している声だけをきいて、
じっと座っているところを私が迎えに行きました

そんないじめられてまで、なんでいるんだ
かえっておいでと長男を呼ぶと、
ここで友達の会話を聞いているだけで楽しいと返事があり
私のいうことをきかない長男への怒り
長男をいじめて仲間はずれにした友達への怒りで
うっすらと感じた悲しみを打ち消しました


この話は、以前ブログに書いた
私が中学の頃使っていたスキー板が
木でできた伯母のお下がりだったことと、
なんら違いがありません
スキー

私はあの時、みんなの前でぼろいスキー板をはいて
恥ずかしかったと母に言ったけれど、
長男は何にもいわず、
友達から仲間はずれにされても、
近くで声をきいているだけでいいと
友達のそばからはなれませんでした

挙句に私は友達を優先する長男に嫉妬し、
無理やり家に連れて帰ろうとしました


ゲームボーイアドバンスで友達と揃ってポケモンゲームをし
ゲットしたポケモンを見せっこしてもりあがったり、
対戦しあったり、交換したり、
そんなやり取りを、また次の日学校に行って話して盛り上がる

そんな中、長男は次の日学校にいっても、
友達との話題についていけず
どんどんぽつりと孤独になっていっていたでしょう

私は、長男が友達と遊ぶ楽しみを奪い、
一緒に遊べない環境をつくって被害者意識を植え付け、
人と関わることの面倒くささをつくりだし、
私が経験してきたことを思い知らせようとしました

それだけでなく、
主人に対しても、私がこんなに子育てで大変なのと、
大変さを無理やりでっちあげて思い知らせようとしました



長男がいじめられていたのではなく、
長男がいじめられるように
そして誰ともつながり会えないように、私が仕組んでいました


私におんぼろのスキー板を持たせた母のように
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人にあわせる

今まで生きてきた中で、
間違ったり、失敗したとき
人格を否定されるほど怒られたり
自分の存在を消されるような扱いを経験をしたりしていると、

次は間違わないでいよう 失敗しないでおこう
という気持ちが強くなり、
普段から自分の感覚など、遠いところに置き去りになり、
常に人にあわせるという方法を選んでしまいます

たとえば、友達同士で
「今度新しく発売された○○ おいしいよねぇ~」
などといった会話があったとき

自分の感じた感覚をもちあわせていないことから、
「うん~」とだけ相手にあわせた返事をして
それ以上突っ込んで話す事もなく
(○○ってなんだろ?)とか、
(○○っておいしかったっけ?)とか、
(だいたい、美味しいって何?)と
ぐるぐると自分があってるのか間違ってるのかに焦点がいき、
友達同士、感覚を共有するなどといったことには程遠く、
自問自答した状態のまま
体だけが友達と一緒にいる状態になります

それは、
自分がどう感じたか?よりも、
どう思われてるか?
今判断したことが、あってるのか?まちがってるのか?

間違っちゃいけないという気持ちが強く、
相手の意向にあわせた返事をいかにねん出するか
そのことに意識が集中してくたくたになります

そうやって、あわせるという方法をとっていくと、
いろんなところでつじつまがあわなくなったり、
あわせた相手と、また別のあわせた相手と
全く反対の事だとしたら、
あわせるという処理が大変になり、人と関わるのが嫌になってきます

(自分は今、人と違うのを怖がってるんだな)と自覚して、
違ってもいいという新しい考え方を自分にインプットする事で、
自分の本当の気持ちを考える余裕が、
少し出るのかなという気がします



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同級生

金曜日、田舎の同級生が家に来ました
彼女とは、中学の時からの付き合いで、
かれこれ数えると35年になります

今回は、
彼女の旦那さんが大阪出張でこちらに来るので、
ドライブがてら送りにきて、そのまま帰り、
旦那さんは我が家に泊って出勤して行きました

彼女の旦那さんとも、
彼女と付き合っていた頃からずっと付き合いがあり、
私が結婚しようと思う人を連れて行くと、
主人を彼女夫婦の家に連れて行ったこともありました

主人と、彼女の旦那さんが、お互いの趣味などで意気投合し、
会うと二人で盛り上がり、最近では、主人と彼女の旦那さんが
お盆に会う日程を決めるような仲になっていて
今夜も二人で飲みに行く約束になっています

「○ちゃん(主人)元気になったなぁ もう薬のんでないんか?」と
彼女の旦那さんに言われました

主人がうつ病と診断される前、田舎に帰省した時
「なあ、○ちゃん なんかへんやぞ 大丈夫か?」と
主人の様子がおかしいことを声かけてきていました

「たまにしか会わんから、違いもかんじられるんや」と
彼女たちはいうけれど、
私が主人の事で悶々としていたころ、
気持ちをぶつけるように書き込んでいたブログに、
毎日訪問してきたあしあとがついているのを知っています

私が高校を卒業して、都会で働くようになり、
服装が派手になっていっても
「どーせ、元は山奥そだちのくせに、
かっこつけんな~」と茶化してきたり、
主人が能面のような顔をして座っていても、
「げんきかー」といつもどおり酒をくみかわしたり
主人の体調にあわせた気づかいを
してくれているのも感じられ
どんなときでも、お盆前には、
「いつかえってくるんや~」と電話がかかってきて、
ずっと、彼女たちの中に、
私たちが存在していることが伝わってきます

彼女たちは、私の母にですら、
「おばちゃん 元気け?」と声をかけ、様子をきにしてくれています

だからといって、八方美人という感じでもなく、
最近、地元の婦人会でおおもめにもめたらしく、
「ムカつくから、はっきり言ったった」と
喧嘩の内容を声を荒げて説明してきていました

私なら、婦人会の奥様方に嫌な気持ちもださずに我慢して、
その場をしのぎ、
違った形で家族に八つ当たりをしていただろうなと思います

彼女や彼女の旦那さんは、相手がどうであれ、
自分の中での好きや嫌いがはっきりしているし、
自分の感覚を軸に、
人との付き合いができているように思います

我が家の子供たちも、
二人が田舎の方言でああだこうだと話してる中に、
混ざりたそうに寄ってきて、
自分はこう思うと話す事に、
面白くなかったらあっさり断ち切られ(笑)
気持ちが同じだとおもうことには、
お前の意見はよくわかると、返事が来る事が
子供たちにとって自分の事をまっすぐに見てくれている
気持ちいい感覚だったんじゃないかなと思います

今日は、彼女の旦那さんが
百貨店の店頭販売をしているので
陣中見舞いに行ってきます

子供たちに一緒にいくかと声をかけると、
「いく」とふたつ返事でした

親でも親戚でもないけれど、
相手の中に自分の存在がある嬉しさが
子供たちにも伝わっていて
会いに行きたいと言う気持ちになるのかなと感じます




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本が出来上がりました

私が、受けているセッションルームより
本が出版されることになりました ^_^

不登校のおこさんをもたれるお母さん
ひきこもりのおこさんをもたれるお母さん
そして、生きづらさをかかえて生活している方

自分がどうして今の状態になっているのか、
そして、どうやってかわっていけるのか

具体的な話をとり混ぜて書かれてある本です
是非、ごらんください m(_ _)m

本の帯より、
「なぜ、うちの子は学校にいけないの?」

著者自身の体験をもとに
親が知らない「不登校の真実」を解き明かす
回復は真実と向き合うことから始まる

「あまりにも図星だったので、本を放り投げたくなりました」
           (40代 中学生(娘・不登校)の母親)

「生まれた時から、ずっと私は機能不全家庭の中で生きている。
著者の経験が自分と重なった」
            (20代 独身女性)

アダルトチルドレン 、不登校 、ひきこもり・・・
今、「生きづらさ」をかかえている全ての人に読んでほしい本



わが子が不登校になった日

失ったものを取り戻そうとする子どもたち

ほんの表紙

著 者   柊  りん 
監 修   きんたろう
執筆協力 坂本美登利
イラスト   あいちん
図      けい
 木星舎より
定価 1,800円+税

購入方法
書店で注文する他に、
Amazonでも、購入することができます
こちらでどうぞ

わが子が不登校になった日
〜失ったものを取り戻そうとする子どもたち〜



今、苦しんでる方たちの一筋の光になればとおもいます

                              zukamama


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自己責任

昨日、仕事から帰って昼寝をしていると
先生から電話がかかってきました

「○○さんの健康保険をちゃんと確認したのか?」
という問い合わせでした

その患者さんは、健康保険が変わったようで、
まだ届いていないので、
届いたら持ってくるといっていたとこたえると
6月の請求ができないじゃないかと叱られました

確かに、
私は先生に「今日○○さんの保険証を確認して」、
と言われた事はやったのですが、
その確認するという行動を取る事だけを意識し、
なぜそうするのか?ということは深く考えず

正直ちらりと、
(まだ保険証きてないって?
じゃあ6月分の請求はどこだすことになるんやろ?)と
考えもしたのですが、
(ま、先生がなんとかするだろう)
というような甘い考えで
疑問に思った事をスルーしました

(今週中にもう一度来院する予約も入っていることだし、
それまでにはなんとかなるだろう)
という風にも考えました

この考え方の癖には、
なにかあっても誰かがなんとかしてくれる
という責任を他の人に押し付ける感覚があるんだなとおもいます

この”誰か”の根本は、母親です

自分がなにやっても、結局母親にやりなおされる

そんな経験が、
自分で責任をとろうとしない根本として
あるのではないかと思いました

これは、自分でなにもかもできることが
母親にとって都合が悪いのと同時に

自分が母親に依存する事でなんにもしなくてもいい状態
でもあります

そして、
おかあさんのせいで私はこうなのよと
文句をいい続けて
自分から動こうとしない状態なんだなと思いました

そんなことの積み重ねが
今の自分を形成しているのであれば
これからは
自分のやっている事を意識して始末付ける事で
人生を取り戻すことになるんではないかなと思います


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1ヶ月

卒業して1ヶ月が経ちました

あっという間だったように思いますが、
少し振り返ってみました

卒業するまでは、
対きんたろうさんとりんりんさん
二人の元で
育ちなおしをしていたような感覚で
卒業したあとは、対メンバー
メンバーを借りて育てなおし
ちょっとおこがましいのですが、そんな感じがしています

自分の中で
なんで私はそう思ったのか?などと自分の行動や思考に対して
自問自答すると同時に、
メンバーの言動に対して重ねる事ことは
子供たちに対して考えるのと同じで、
ボイスの中で少しでも感じとれないかなぁと考えています

自分の感覚を意識するのと同時に
メンバーを見て行く事で
自分の過去とつながることも出てきて
そのときに、もう一度記憶をたどり
過去に口に出して言えなかった事を話すことで、
自分を受け入れたり許せたりすることになり

そうやっていくことで、自分の完全回復に近づき
メンバーや子供たちの回復にもつながっていくのかなと考えています

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プロフィール

zukamama

Author:zukamama
夫がうつ病になり、わが子が不登校になったことから、自分の生きづらさが関係していることを知り、回復に向けてやってきたこと、きづいたことを書きづつっています

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