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卒業証書

卒業証書200


頂きました <(_ _)>
ありがとうございます

まさか、
はじめてセッション受けた時の事を書かれるとは  お恥ずかしい~

きんたろうさんやりんりんさん、
あなここメンバーとの今までのこと
思いだし笑いしつつ
振りかえられる卒業証書です (笑)

卒業を一区切りとして、
あなここでうけとったこと、つたえられるよう
そして、完全回復に向けて
ステップアップ 頑張りたいと思います

これからも、よろしくお願いします
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リンス事件

私がセッションで話してきたなかで、
よく例題に上がる出来事があります

(リンス事件)です

私の住んでいた実家は農家で、
春になると田植えが始まるのですが、
その田植えをする苗の種を発芽させるために
お風呂を使っていました

なまあったかいお湯に、種をつけて発芽させるのに
ずっとお風呂が使えないため
田植え前の時期は毎年
何日もお風呂にはいれない状態になりました

田植え前は、田んぼをトラクターで耕したり、あぜをきったりと、
田植えの準備で大忙しで、
苗ができれば田植えでまた大忙しになり、
大人は家に帰るとへとへと状態になり、
体を手ぬぐいでふくのみ、
あとはご飯を食べてねるだけでのような感じでした

私が高校生の頃、
学校でプール開きがあった日に、
頭から水を浴びた時
私の頭から白い液体が流れ出たことがありました

私は、何日もお風呂に入っていないので、
体が臭いと思われているんじゃないかと思い、
その時期になると
髪に臭い消しのリンス液を塗って学校に行っていて
それが、水を浴びた時に流れ出たんです

クラスメイトが、
「なにそれ!?」と驚いた態度をしたとき、
私はとっさに
「あ~ 昨日お風呂入った時、リンス流すのわすれてる~」と
嘘をつきました

髪から白い液体が流れ出た私を
クラスメイトがどんな目でみてきているか
影で私を見た人が、余計な噂をひろげやしまいかと、
私はわざと、みんなに聞こえるような声でいいました
そのときは、取り繕うのに必死で、
うまく嘘がつけたかどうか、ただそれだけでした

このことを、私は親にも友達にも
誰にもいったことがありませんでした

クラスメイトは
当たり前のようにしてお風呂に入ることができるのに、
私は何日も入ることができず、

そんなことがばれたら、クラスメイトにどんな目でみられるか
考えただけでもあまりにも恥ずかしいし
どうにか隠すためにこっそりリンスを頭に塗って
ばれないようにして学校にいってるなんて

みんなそんな苦労なんてしたことないだろうと思うと、
なぜ自分ばかりこんな目にあわないといけないのかと思うと、
みじめだし、自分ちの状況はあまりにも変過ぎて
誰も理解してくれないだろうと思い、はなしたくありませんでした

自分がよその家とは、どうも違っていて
そして、かなり変なんだと言う事を
幼稚園に通うようになってから、
学校があがるたびにうすうす気づいて行き、
高校の頃には、
へんだということを常に隠すために
すっかり嘘がうまくなり
いつでも、とっさに嘘をつけるようになっていたんだなと
今さらながら思います


この間セッションできんたろうさんが
飲み物は何が好きかと聞いてきたときですら、
炭酸はお腹が痛くなるからいまいちだという返事をしています

我が家は炭酸の消費量が多いので、
ボンベを買って、水道水で炭酸をつくっています

そんな返事をしている傍らに、
自宅でつくった炭酸をつかった
チューハイのコップがおかれているという
うそつき状態が露呈したセッションでした

私はそのとき、
炭酸って確かあんまりよくないよな とか、
自分が好きかどうかよりも
どうみられているかをとっさに優先してこたえていました

普段から
自分が変だと言う事を隠す癖をもっていることが、
いつでも嘘をつく状態になっていて
そんなだから、人と楽しくコミニュケーションできず
誰といても自分が変なことがばれないかどうか
ひやひやしているような感覚で
気が休まらないし疲れるし、
生きづらかった原因でもあるのかなと思いました
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家族の変化 (次男 最近)

なんで私はこんな不自由なのか?

今まで生きてきた中での、
しんどかったことの基盤が
母との関係でつくられてきていた事に
心底はらがたちました

それとは逆に、
私は軸になるメンバーとことあるごとに話していた頃でもありました
ある時など、昼に話してまた夜に話してと
私が感情をもてあましたハイテンションな語りを
具体的な言葉でおさらいし共感してもらえたことで、
私は、自己肯定感をもち、
我慢や違和感をためずにいることができました

この期間は、わたしにとって
大きく大切な時期だったんではないかなと思います


ところが、途中から依存にかわっていました

この頃、毎日ウォーキングに行き、
買い物も一緒に行き
次男は常に私の役に立とうとしていました

私の仕事が変わったことや、
次男の学年がかわったこともあり、
次男が週に2日と決めて行っていた学校にも
ぱったりといかなくなったじきでもあります


少しして、
私は誰かに依存することで、
自分が存在できているんだという感覚から
抜け出そうと意識するきっかけがありました

メンバーに対する依存感覚に気づき、
意識して自分の言葉で話すようになった頃、
次男がむっくりと動きだし、
私がどう思っているかより自分がどうしたいかに
気持ちがシフトしていっているように感じます

今、次男と長男、次男と主人の会話や行動が
とても増えてきています

こうやって振り返ってみると、
私は、今までこうあるべきだと勝手に思い込み、
頑なに守ってきたことを壊す事によって
新しい感覚を感じ
それを受け入れる事で頑なさが緩み
その事で、封鎖してきていた怒りを
徐々に開放するといった感じで
楽しい感情と怒りの感情を
少しずつ交互に開放するのくりかえしを
行ってきたように思います

不自由な生き方をしていた頃の私から、
自分から自由を選び
楽しむことを受け入れるようになった私と連動して、
次男も少しずつ
かわっていっているようにおもいます

私が家族を利用する事で保っていられる嘘の安定を
手放そうとしていることから、
次男が自由になってきているように感じます

次男の変化と自分の変化のおおまかな振り帰りをしましたが、
これから、自分のやってきたことを忘れないために
長男や主人の事なども、
一つ一つ掘り下げて
振りかえることもやって行きたいと思っています

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家族の変化 (次男 中2の頃)

次男は、中学2年の春頃から少しずつかわってきた感じがあります

その頃の私は、広島オフ会に参加し
メンバーの存在が自分の中にできつつある時期でした
この時も、普段の自分のあたりまえを崩し
やりたいことをやってみたり、
わたし、これでいいのかもしれん~というような感覚が
ぼんやりと感じられるようになった頃だと思います

私の、ぎこちないながらも人と関わりたい行動が
次男と連動していたのではないかと思います

夏の帰省では、
何年も海に入りたがらなかった次男が
主人と海に入ってさざえとりをしました

家の中でも、
部屋からでてきて自分の興味のあるものの話や
テレビ番組を家族と一緒に話したりみたりしようとする行動が
どんどん増えて行っていました
そしてよく笑うようになり
いつのまにか音や光などにたいする過敏さや
車酔いもなくなっていました

この頃から、頑なにお風呂を拒んでいた次男が、
ぽつりぽつりと入るようになり
昼夜逆転もなくなっていました
そして、中学校の校門まで車で連れて行ってほしいと言われ
先生と話すという事をはじめました

外出も、外食についてくるようになるどころか、
連れていってほしいと言い出し
オーダーのとりかたも自由で
申し訳なさそうなしぐさがなくなってきていました

お正月の帰省では
ゆきだるまをつくるといって
主人や私の弟に手伝いをたのみ
自分の背丈とおなじくらいの雪だるまをつくっていました

私はこのお正月の帰省で、
義妹に今の家族の現状や辛かったこと
母親のおかしさやあなここの存在などを話しました

私にとって弟は、
ライバルであり、弱みを見せたくない相手でした

その弟の嫁という女として比較対象になる
強敵な存在に対し
もう、かくさないでいよう
本音を話してもいい
そんな気持ちになった時でした

お正月が過ぎると、
次男が体力をつけたいといって
一緒にウォーキングをはじめ
歩きながら色々感じた事や思っている事、
将来のことなども話してきていました

次男は主人の休みになると、スキーに連れて行ってほしいと頼み
何度か遊びに言っていました
やってみたいことをチャレンジするたびに、
目つきがかがやいている感じが伝わってきていました

その頃の私は、
怒りを自覚し正当に怒りを出していた頃でした

私の怒りは、
当初メンバーあいてのものでありましたが
次第に矛先が母親に向きました

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家族の変化 (次男 不登校初期から中1の頃)

子供たちの変化を記録しておこうと思います
今、長男が高校3年次男が中学3年です

まず、次男から
次男が中学1年の頃の毎日の生活は
昼夜逆転
お風呂に2ヶ月入らない
食事とトイレ以外は部屋から出てこない
口数が少ない
音 光 虫などに異様に過敏
車にのると5分で酔う
笑った顔をみたことがない
そんな状態でした

その頃の私は、
次男をどう動かすかに意識を集中し
自分の都合の良い言動
都合の悪い言動に一喜一憂していました


この状態は、不登校が始まった小学校4年のころから、
たいしてかわりなかったように思います
それでも、運動会をのぞきに行ったり
修学旅行に行ったり、小学校にも何日か通う事がありました

その頃の私は、おっかなびっくりながら、
今までの生活のあたりまえを少しずつ崩そうとしていました

子供たちと一緒に入ったことがなかったプールに
十数年ぶりに水着を買って一緒に入ってみたり、
次男とは主人と3人でカラオケにも一度行きました
どれも奮起したものの、妙なハイテンションでくたびれたり、
楽しんだ罪悪感であとから落ち込んでいました

他にも、私はうどんとネギがすきだということに
気づいた頃でもありました
そして
自分が経験してきた人に言えないこと(リンス事件)を
はじめて話したり
母に対する嫌悪感(怒り)をうっすらと感じたころでした


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花子とアン

前期のごちそうさんから続いて
NHK朝の連続ドラマ小説をみています

今期は、”花子とアン”という、
赤毛のアンを和訳した人のお話

登場人物のセリフにいろんな思いが感じられて
とても面白いなと思います

貧しい小作農家に生まれた主人公の安東はなが
高等学校にあがろうかどうしようか悩んでいるはなに
幼なじみのあさいちがいった言葉


”おらだって師範学校にうかる自信なんてねえだ

だけんど一生懸命やるしかねえじゃん

一生懸命やって勝つことの次にいいことは
一生懸命やって負けることだ”


そうしていくうちに、
自力ってついていくものなんだろうなと思います

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批判されているような妄想

先月末に、インフルエンザB型にかかりました

その時感じた感覚は、
勤め先の先生やスタッフさんに迷惑をかける
きっと怒ってるに違いない
自己管理が出来てないと思われてる
はたまた、サボりたくて
子どもの病気がわざとうつるようにしたと思われてる
といったような責められ感で、
その事に気付いた自分に
そんなこと思っちゃいけない  でした

どれも、自分が批判されている感覚で
それを感じている自分に対してまた
批判している感じです 
めんどくさ ^_^;

復帰開け、仕事中にものすごい頭痛に見舞われ、
(こんな状態で仕事しないといけないの~)と
次の日の患者さんの名まえが一杯の予約票を
うらめしく見つめました


この間も、自分の頭が痛いという感覚より
長い事休んだんだから、
もう何も言っちゃいけないという感覚でした


私は思い切って、
先生に頭痛が酷いので治療して欲しいと頼みました

いざ、診察してもらい治療を受けてみると
今まで、患者さんに色々ケアする側にばかりで、
わからなかったのですが、

横になっている間に
ふわっとかけてもらうタオル一枚でも
なんというか、心がふわっとしたんです

よくよく思いだしたら、
インフルエンザのときの診察してくれた先生が
自分を見ている感覚
看護師さんがサポートしてくる感覚

勤め先の先生が、
私を診察したり治療してくる感覚
スタッフさんが私に気づかう感覚


今まで私は、
こういった人たちに対して
自分がどう感じているかよりも
自分はどう見られているのか?という
批評されてる感じでしか見ていませんでした

受け取ろうとしていないといったらいいのか
甘えられないという感じ

そうなると、
自分も常に批評する感覚があって
意思を疎通しようとする気持ちはわきませんでした


そうこう考えていた矢先、
おととい、冷蔵庫の棚から瓶が足の薬指に落ちて
指が紫色になりパンパンに熱をもって腫れてしまいました

次の日になっても腫れが引かず、
主人に救急で病院にいくようにすすめられたのですが、
私は
(こんな怪我で病院いくの?わざわざ?大げさな)
という批判された感覚でした


ここ数日感じていた事を思い出し、
(うん 私は足が痛いからみてもらいたい)と、
消防署に電話をかけ、
救急で治療してくれる病院に行ってみました
(この、消防署に電話をかけること自体
大げさだと批判された感覚があります)

救急でみてくれた看護師さんは、
私の足の指をみて、「あちゃ~」と失笑

先生も、「あ~あ~」と一言

それは、やっちゃったね 痛かったでしょ と言う感じで、
こんなことぐらいで大げさねぇといった
批判されたような感覚は感じませんでした

私自身もストレートに、
「痛いです 診てください」という気持ちでした

幸い骨に異常はなく、
湿布薬をもらって帰ってきたのですが、
レントゲン室の前で待っている間、
男性の大声で 「いたいたいたいたいたいたいた」と
叫ぶ声が何度も聞こえました

入院しないといけないような骨折されていたようで、
そりゃ痛かろうと思って見ていましたが、
おそらく、
批判されている感覚のままでその患者さんをみたときには、
うるさいな はずかしいとおもわんのか ええ大人が
と、感じていたと思います

批判されている感覚というのは、
同時にいつも人を批判している感覚を
持ち続けていることを実感しました


思い返してみると、私は、鍼灸院での仕事でも
(そんなことぐらいで、治療にくんなよ 大げさな)と
患者さんの訴えてくる事を不快に思いながら我慢していました

主人にその事を話すと、
おかあさんは病気になっても薬を飲まない 我慢する
それでいて、
私はこんなに大変なのに
おまえらはのほほんとしやがってとでも言いたげに
不機嫌な顔をして、ただただ不満を撒き散らされて、
そんなことするくらいなら
さっさと薬飲んで楽になりゃええのに めんどくさい
とおもっていたのだそうです  ^_^;


これが実際の、自分のやっていることと
私をみている人との
感覚の大きな差なんだろうなと思いました


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プロフィール

zukamama

Author:zukamama
夫がうつ病になり、わが子が不登校になったことから、自分の生きづらさが関係していることを知り、回復に向けてやってきたこと、きづいたことを書きづつっています

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