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確認作業の振り返り

確認作業について、
一緒にセッション受けたメンバーと振り返ってみました

私の事みてるのかみてないのか
なのか、

私を拒否してるかしてないか
なのか

見てるか見てないかには、まだ希望が感じられるけれど、
拒否してるかしてないかには、絶望感が感じられる

私の確認は、拒否してるか してないか


じゃあなんで絶望感を確認するのか

確認する目的は 答えではなく 証拠探し

そして、ほら やっぱりね

そうやって、
執着しつづける
動こうとしない


振りかえってみて、
ああそうかと自分の中でイメージ出来た感じがしました
セッションでぼんやりと頭でとらえていたものを、
具体的に一致させてみようと思う




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ほらやっぱりね

確認作業がうっとりだという話


幼少期からあったもので
おかあさんをためす行為


確認ときいて、その後の答えによって
うっとりするのかと思ったけれど、
そうではなくて、
確認している状態がうっとり

自分を拒否しているのか?拒否していないのか?

そこが重要

答えはどっちでもいい
拒否しているのか?拒否していないのか?に集中

感覚の一致はないがしろになってる


ほらやっぱりね

その言葉は、
確認作業を維持するための言葉


確認がうっとり

確認を封印したら どんな恐怖がみえるのかな
こう考えることが確認なきもする



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恐怖心

恐怖心にも 種類がある

表面上に見える恐怖と封印してきた恐怖



表面上に見える恐怖を例えると 

交通事故を目の当たりにした
人が刺されてる現場を見た等、
一般的な率直で不快のない恐怖

こわかった~とかこわいね~と口にできるような、
感情と即に直結できる恐怖ともいえるのかな



封印してきた恐怖を例えると

それがわかれば苦労しないと言いたいところだけれど、

小さいころに抱いた恐怖
内面に閉じ込めた恐怖感
これを言ったら、
なんて酷い母親なんだと言われるから黙ってきている事
それを認めると愛してもらってなかった事を知る事になる
言えなかった事

ものすごい言葉やせっかんなどの暴力を受けたとか、
目に見えるものじゃなくて、
ほんの些細な事だけれど子供からするととてつもない恐怖

一般の人が同じ経験をしても、
なんてことないような些細な事が
自分にとっては恐怖に感じる

そこをみたくなくて、うっとりすることで
恐怖感を分断している

そんなうっとりの中で生活してることで、
現実から感情や意識が遠のき
人とのコミニュケーションがとれなくなってる

そのぐらい、自分を支配している恐怖心なのかなと思う


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うっとりの種類

他虐的で いかりをだすイメージの没頭タイプのうっとりの他に
自虐的で 怒りをためるイメージの陶酔タイプのうっとり


今日の出来事

今日、長男の演劇の公演があり、
私は数日前から、
「演劇の日、終わったらどこか食事に行って、
打ち上げをしよう」と計画 (陶酔うっとり)

当日、長男は疲れや
私との別件でのやり取りの行き違いにいら立ち
「打ち上げ今日でなくていい」と言いだし、
それを聞いた私は、
打ち上げのために予定をキャンセルした主人に
なんていえばいいの?とあわて (恐怖、配列が崩れる)

何としても私の計画を遂行したく (それを戻さないと気が済まない)
「そしたら、いえでやろうか?」などと言うと、
「だから、いいっつってんだろ」と長男の態度に、


「私がせっかく計画たててやったってのに
なんなんよ、その態度は?」と、怒りがわく(被害者意識)



その後の私の態度は、
キレる 無視する ぐちぐちいう ハイテンションになる
(別の陶酔うっとりに逃げる)

長男をねぎらうため
打ち上げをしようという私の計画は、
かぞくにとっては(またかよ・・・)
という結果になる、うんざりする出来事 (うっとりの材料)







 
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大事にしてよ

なんで いつも しごとばっかりしてるの?

なんで いつも 物思いにふけってばっかりいるの?

なんで いつも 怒ってるの?

なんで いつも 私をみてくれないの?





どうして 私を愛してくれないの?

私 そんなに悪い子なの?

私の事 怒ってるの?

私の事 いらないの?



私がどうなったら
おかあちゃんは 私の事 大事にしてくれるの?



これが、没頭する うっとり
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人の存在

あれから、うどんの事を考えました

私がうどんの記憶を語るとき、
母がいるにいるにはいるのですが、

その時の母はうどんをたべていません

年越しのとき
わたしだけうどんを食べてたとき、
母はそばを食べていました

朝ごはんに母がうどんを作ってくれた時も、
母はごはんを食べていました

私だけ、うどんをたべていました


特別に扱ってもらった感じはあるのですが、
そこに一緒に食べた記憶はなく、
おいしいね~
あったまるね~というような会話は全くありません


それでいて、私はうどんが好きだといって
うどんを食べているという事は、
まるで片思いをしているような感じで
とても寂しいなと感じるようになりました


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zukamama

Author:zukamama
夫がうつ病になり、わが子が不登校になったことから、自分の生きづらさが関係していることを知り、回復に向けてやってきたこと、きづいたことを書きづつっています

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