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コミニュケーションの窓口

誰かに声をかけてもらいたいなぁって思う気持ちをもちつつも、
なぜか、集団の中でもぽつんと一人になってしまっている感覚が
いつもある時、

その時自分は何を考えているか、ちょっと意識してみると、
結構な割合で、自分が自分を否定していたなぁと思います

どうせわたしなんかとか、きっとうまくいかないだろうとか、
いつも私ばっかりとか、
そういった自分を否定するような気持ちを持ちつつ
まわりと隔たりを作って自分から孤独になっていました

孤独を感じた時、
それは自分が自分を否定してるんではないのか?と考えて見ると、
自分を肯定する大切さがよくわかります








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立ち呑み屋

私は、主人とたまに立ち呑み屋にいきます

子供たちの前で話せないことなどを、
立ち呑み屋でああでもないこうでもないと話すのですが、

今回、主人のブチ切れ事件で
ちょっと出来事として
思く受け止めすぎていた所もあることがわかり、
やっちゃったね~くらいの
気持ちの軽さになれたらなと思って主人を誘いました

しめさば

つきだしのポテトサラダときずし

写メとるまえに、すでに一口のんでいます (笑)

てっちり

てっちり

ふぐ、美味しかったです♪

山菜の天ぷら

山菜の天ぷら

なんだか、懐かしくて、注文しました

菜の花 ふきのとう こごみ たらの芽が入っていて、
私はふきのとうがとっても懐かしくて一口食べると、
あのほろにが~い味とふきのとう独特の香りがしました

2月に、次男のお産で実家に帰ってた頃、
長男が雪の間から生えているふきのとうを一杯あつめて、
おままごとのようにして遊んでいたことを思いだしました

主人はたらの芽を食べていました

主人のお父さんが、山菜とりが好きで、
私も石川でたべさせてもらったことがありました

あのときは、もっと大きくてなんかあま~かったよねぇ
などと話をしていると、
主人は義父にちなんだエピソードを語りだし、
それからおばあちゃんの話題にまで発展していきました

主人の小さい頃、両親が出かけていないとき、
おばあちゃんに何が食べたい?と聞かれて、
学校の給食で食べたシチューが美味しかったから、
シチューと答えたそうなのですが、
明治生まれのおばあちゃんはシチューの作り方がわからず、
うすーい和風だしの煮っ転がしみたいなものが
パンと一緒に出てきたのだそうです

せっかく作ってもらったからと
頑張って食べたそうなのですが、
それ以降シチューというとおばあちゃんのシチューを連想したらしく

新婚時代、私が、
シチューでもつくろうかなといったとき、
えらい血相で、
「ルーいれてや!」って言われたことを思いだし
おばあちゃんのシチューの話を聞いたことを思いだし、
そういえばそんなことあったなぁと、二人で大笑いしました

今、主人はシチューが大好きで、
何度もおかわりする一品だったことも思いだしました


子供たちの事も、
主人はずっとすまないと思っていたようだったので、
「まあ、いんじゃないの~?」と言いました
(どう考えても、仕掛け人は私だし・・・) ^_^;


他にも、隣のサラリーマン風の人たちが
女の子を口説く方法を力説してるのをきいては、
二人で、にやにやわらったり、楽しい時間でした



今日、主人に
「昨日はたのしかったなぁ~」と言われました
私も、
久しぶりに開放感を感じた気がしました

前回のブログを書いていた時は、
ほんとうはこうしたらよかったのかもとか、
出来事にたいして、自分がどうすれば正解だったのか?みたいに
ぐるぐるこだわっていましたが、
こうやって、開放感を感じてみると、
大げさに受け取ってオロオロしたり、
何とかしようと頑張ったりするより、
緩和した状態に戻すことのほうが大切なんだなぁと思いました


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エアポケット

昨日、私が夕飯の後片付けをしていた時に、
父子喧嘩の末、主人が長男にブチ切れました
その様子をみて、次男が凍りついていました


私は、頭が真っ白になったのですが、
とにかく
(自分が辛かったとき、してもらって
嬉しかったことってなんだったっけ?)と
グルグル思いだし、
長男、主人、次男と順番に話を聞いて、
それぞれの辛かった気持ちを
私のできる限りめいいっぱい受け止めました


長男は、
「俺は、ほんとはおかんにむかついててん
いつも以上にしつこいおかんの冗談がうざかってん
おとんには八つ当たりしとった
おとうさんのところ行くなら、あやまっといてほしい」
と言われました

主人はとっとと寝室に行き、
ふてくされていたのですが、
「あいつ、せっかく良い状態やったのに、
これで学校行かんことなったらどうしよう
おれはこのまま寝たらあいつ夜中じゅう辛い思いするんじゃないか」
と言いだし、
ベットからでて長男の所に話に行きました

次男は、
「おとうさんのとばっちりがくるんじゃないかと、
ビクビクしていた」と言っていました


その後、長男と主人は2時間ほど話し合い、
私は次男にいきさつを説明し、
落ち着いた頃、二人の所に行くと、
長男が主人に学校の悩みを打ち明けているところでした

主人は、長男に丁寧にアドバイスをしていたので、
それをきいていましたが、
(そんなアドバイスこの子がほしがってるんか?)と
とても疑問に思い

おもわず、私が茶々を入れて、
場が緩んだ状態になり、
次男がなんだ、なんだと出てきて、
緊張感がなく、しまりのない感じになりました

主人は、眠気がきたようで寝室に行き、
私たちも眠ることにしました

寝室に行く前、長男は、主人と私に
相談に乗ってくれてありがとうと言ってきていました
そして、気持ちの整理をつけたいから
明日は学校を休むと言っていました

朝になり、長男は
学校での悩みを、クラスメイトに話したり、
先生にはなさないといけないか?と
何度も何度も聞いてきていました

そのうち、主人が会社にでかける時間になり、
「あいつが学校休むっていうとは・・・」と
ショックな顔をして出社していきました


長男は相変わらず、
悩みを先生にいわないといけないのかと
聞いてきていました


どうやら、長男は
悩みを打ち明けることで
主人に自分の事を見てほしかったのに、
主人に学校に行って相談してこいといわれたことが
嫌で困っていたようで、
そのことを言うと、ポロリと涙をながし、
その後、すっきりとした顔で学校に電話をしていました

今日は、学力テストがあったようで、
「自分の実力を知りたいから」と
お昼休みあたりに着けるように学校にいった様子でした





私は、今回の事実を見て、
自分がしてもらえたことで、どれだけ
家族の辛い気持ちによりそえることができたかが
わかって嬉しかったのですが、

私がいかに、家族を和ませては
突き落とす行為を行っているかがよくわかりました


永遠の緩和なんて絶対ないのよとでも言いたげに、
家族がなごんだ頃を見計らって、
デリカシーのない行動で相手をいらつかせ、

怒りを私に向けられれば私は被害者になれるし、
そうでなければ他の3人が怒りを持ち切れずに
傷つけ合うというシステムを
繰り返し繰り返しやらせ続け

そして私は、頃を見計らって、
どれどれ私が解決してあげましょうとでも言いたげに、
みんなの間に割って入り、生き生きと世話を焼き、

いかに私の存在が大切なのかを知らしめる行為をとって
いたんだということがわかりました

自分が作り上げた
誰も幸せになれない仕組みを壊すのは自分です

今回、気付けたことをチャンスに、
より細やかに自分と家族を大切にしてあげたいと思います






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過去を投影すること

人とのかかわり合いのパターンで、
いつも、同じシチュエーションに
はまってしまっているときがあります


それは、ずっと以前に、
おなじ立場に立たされた自分を
くりかえし投影している状態だとすると、

では、そうすることで、
何を得ることができるのかと考えました


以前の自分の立場の正当性を
アピールしているんじゃないかと考えると、
なるほどと認めざるを得ないように思います

あるいは、
本当は違ってたんじゃないかと
今度こそと思って
思いどおりの理想を追い求めて
はまりこんでいるのかもしれません


ところが、訴えても、何度やりなおしても
傷つく人をつくるばかりで何にも得ることができません


それは、すでに
自分が散々経験していることだからです

自分が死ぬほど傷ついてきているからです

それをわかっているのは自分だけという
どこにもぶつけようのない気持ち


くりかえしても くりかえしても
納得できるものはえられず、
その行為は、まわりをしばり、傷つけ、
孤独になればなるほど、
益々 やっぱりね と、突き放し
自分を傷つけていくばかりです




過去を投影して
傷ついた自分を再確認する人生をさっさと手放し、

本来自分がもつべき色々な意思を持って、
たくさんの大切なものを手に入れてもいいんだと、

自分は自由なんだと認識してもいいと思います

今までさんざん傷ついてきたかもしれませんが、
これからも傷つけられつづけてもいい人間に
なる必要はないと思っています
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自分の意思で大切に思うもの

人と付き合っていく中で、
突然去られるような経験があったとき、

今の現状だけを判断して、
過去にあったことを忘れてしまっては、
本当は孤独が嫌なはずなのに、
自分から孤独になろうとする心のシステムが作動します



そばにきて、大丈夫?と声をかけてくれたこと

一緒に笑ったこと

見つめてもらっていた 一致した感覚

そういうことがあったことを忘れてはいけません


ホントは嫌だったとか、
最初から信じてなかったなどと言って
傷ついた心を偽って、

今までの事も切り捨ててなかったようにしたのでは、
あえて孤独を選んでいるのと一緒だという事




傷ついた自分をまず認めてあげて、
勇気を出して相手を許し、

ここまで 
見守ってくれたこと 一緒に楽しんだこと
そのことを大切に思うことで、
自分の心を守ることができるのではないでしょうか?


そして、もう一度 一緒に歩く可能性を
持ってもいいんだということがわかりました




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そのまんまでいいが わからない

次男が、最近ずーっと1日のサイクルが安定していました

そうなると、
(お、なにかするつもりなのかもしれんな)
などと、思いつつ およがせていました


おおかた、1ヶ月安定しているように見えた次男が、
おととい、「おかん。昼起きてるのがつらい」と言ってきました

ずっと起きてようと思うと背中が痛いし、
横になると眠たくなるししんどいんだと言うのです

そこで、システムが発動しました

「どっかいってみる?」

次男の目は、あっという間にうつうつとした目に変わってしまいました

次男の言葉は全く耳に入らず、自分のシステムはフル稼働し、
良かれと思うアドバイスを次々言いました

私は”次男の為”を思ってアドバイスしました・・・

こちらが良かれと思って言う事ほど、
相手を否定しているものはないのに、

○○してみれば? → あんたは、○○もできないんやもんね

次男からしたらそう聞こえたんじゃないでしょうか

私の裏切るような行為に、
次男は、さぞ がっかりして、
突き落とされた気持ちだっただろうと思います

話の途中で 
トイレに行って自分の部屋に戻ろうとする次男に
「もうええのん?」と聞くと、

「おっかんの気が済んだんやったらそれでええけど」

と、次男に言われて、ガーンとなりました


私は、そんなに人の事を背負う必要はないし、
そもそも、人はそれぞれに生きていけるのに

なんで、人をつかって自分の価値を認めたいとおもうのか

わたしは、必要とされなくても
そのままで良い人間だとどうして思えないのか


ダメにならないと肯定してもらえないシステムが
発動してしまいました



次の日、いつもなら自分の部屋にこもる時間になっても
次男はぺらぺらとおしゃべりが止まりませんでした

あれは、自分を否定されたショックや
私にガッカリさせてしまったと思う気持ちからくる
不安からおきた行動だったんじゃないかと思います














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戦っている

生活していると、いろんな人とのかかわりがありますが
人とのかかわり以前に、
自分自身との戦いにくるしんでいる状態というのがあります

その戦いは、朝起きた時点から始まり、
寝るまで、それどころか、夢の中までつきまとってきて
悪夢の中で生活しているような状態です

そんな、何トンもの心の荷を背負った状態で
人とコミニュケーションをとるというのは、
相手の軽快さからは想像できないくらいの労力が必要になってきます


おはようございます~


職場の人や近所の人とあいさつひとつしても、
こちらの心のポジションは上がったり下がったりして
そのことが嫌で、神経をにぶらせるときもあります

たった挨拶ひとつでも、心がくるしく
(ああ、もうあの人とあわない道を選ぼう)などと
自分からコミニュケーションを逃れ、どんどん人をさけたくなります


今 苦しんでいる自分の感情は一体どの記憶からなるものなの?


苦しい私がどうやってできあがったのか、なにがあったのか、
記憶をたどってみて
自分は、
過去のまぼろしに翻弄されて生きていただけなんだと
気がつくことができたら
自分の心を安心させてあげることができるんじゃないかと思っています


小さい頃、
おかあさんの小言やため息をずっときいてきてたのかもしれません

ちっともこちらを振り向いてくれない親を
なんとかふりむいてほしくて一生懸命だったのかもしれません

現実を知りたくなくて、きっと○○だったからと
自分の気持ちに嘘をついて生きていたかのもしれません

いつになったら幸せになれるんだろうと
不安な毎日をすごしてきていたのかもしれません


そのどれもが、大人の勝手な思考に振り回され、
幼い心がボロボロになっていたんです

それは、自分が悪いからじゃないんです
自分はなんにも悪くないんです


現実をしってショックを受けるかもしれないけど、
認めてもらえないと自信がわかないかもしれないけれど、

自分の充実感はそこにしかないわけではないということ


ちょっと目線をあげてみたら
たくさん手を差し伸べてくれる人がいる

そして、自分にも差し伸べられる手がある


楽しいこと 嬉しいこと いとおしいこと


たくさんの宝物を手にして、辛かった過去と仲直りして
これからの大切な時間を過ごしていきたいなぁと思います


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聞きたかったこと

私が小さい頃、
近所に同級生の女の子がいました
小学校に上がるとともに、
そのこは、引っ越して行きました

おばあちゃんが、
「あんたには言ってなかったけど、あの子はまま子なんや
おまえがあの子に事実を言って、ばれるのを嫌って、
あの家は引っ越していったんやで」と
聞かされました

ずっと友達でいたかったのに、どうして行ってしまったんだろうと
とても悲しい気持ちでいたのに、
私のせいで引っ越したのだときかされて、
どんな気持ちになっていいのかわかりませんでした

高校で同級生になったのですが、
彼女は、卒業するまで私と一言も口をきこうとしませんでした

私が悪いからだと思っていました




もう少し離れた所に、
3つ下に、私と同じ名前の女の子がいました

我儘で、大嫌いでした

いつも私は遠慮してるのに、
好き放題してきて、
小学校の体育館の遊具で遊んでいた時も、
どいて!と、場所をとられました

私は、彼女に 「おにご!」と言いました

彼女も、ままこだったんです

彼女は大声で泣き出しました

先生がやってきて、なにやら私に言っていたのですが
私はなんていわれたのか、覚えていません

”そんなになくことじゃないやん”

そう思っていました





私は、ずっと大人に聞きたかったことがありました




”私の本当の親はどこにおるん?

いつになったら、むかえにきてくれるん?”



トリイヘイデンの、よその子を読んでいて、
ふと、
そう言えば中学の頃まで、
ずっとこんなこと思ってたなぁと思いだしました






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プロフィール

zukamama

Author:zukamama
夫がうつ病になり、わが子が不登校になったことから、自分の生きづらさが関係していることを知り、回復に向けてやってきたこと、きづいたことを書きづつっています

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