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人を信じるということ

私は、人と気持ちを一致させることを
避けて生きてきたことがわかりました


私の苦しみは誰にもわかるわけがない
理解してもらえるわけがない
言ったって無駄

そんな思考が、小さなころから出来上がっています


確かに、わかってほしくて訴えもしたし、
助けを求めたこともありましたが
残念ながら、救われたと安心感を感じた記憶がありません


何度も、何度もチャンスをうかがっては試してみたものの
受け取ってもらえなかったがっかりした気持ち、
悔しい気持ち、いらだたしい気持ち、みじめな気持ち

そんな気持ちに陥り、
(もう誰も信じない・・・・)
そうやって、無表情、無関心、無頓着、鈍感になって
自分の本当の気持ちを心の奥底に沈めて生きていました



学生生活でも、就職しても、結婚しても、

心から 楽しむ 笑う
そして、心から嘆く 悔しく思う 怒るを 諦めて、

人が笑えば笑う、
人が怒れば怒るというふうに、自分の感情を無視していました


誰かと仲良くなり、
(ずっと一緒にいたいな)とか、
(この人、す~ごく好き~)とか、逆に、
(なんやねんこいつ ムカつく)とか、
(寂しいよう 悲しいよう)などと思う気持ちがわくと、

(あ~ これ以上一緒にいたらヤバいぞ)

またガッカリするにちがいない

またせつなくなるに違いない

またわかってもらえず腹がたつにちがいない と、

うまくいかなかった経験を思いだし

それまで仲良くなっていたにもかかわらず
わざと相手が不快になるような態度をとり、

相手の態度をみては
(やっぱりね 信じなくてよかった)と
益々、心の壁を高くしていました


そして、誰も私のことはわかるわけがないと
孤独を選んで生きていました



今、子供が不登校になり、
一日パソコンの前で座っている姿を見て、
(いつまで、こんな生活を続けるんだろう)
(この子は、将来どうなってしまうんだろう)と、ほとほと困り果て、
無理やり動かそうといろんな言葉をかけたり、なだめたり、
逆に怒ったり、無視したりもしてきました



自分がどんな生き方をしてきたか、
どんな気持ちでいたのか、わかるようになるにつれ、
子供たちが、学校に行かないで部屋に閉じこもっている状態が、
私そのものだったんだとやっとわかりはじめてきました



私が人を信じない方がいいと態度で示しているようなもんでした


誰にも言いたくないような辛い事実、
情けない事実、みじめな事実、悲しい事実

もう、ずっと心の奥にしまいこんでいて
忘れていたかのように思える気持ちを
子供たちの姿で思いだしました




・・・もしかして、話してみたら受け取ってもらえるかもしれない


私のかすかな、小さなころから持ち続けていた
人と繋がりたい希望を勇気を出して話してみた時

大切に、大切に受け取ってもらった瞬間


私は、心底泣きました

自分の事を嘆きました

もう、泣いてもいい
もう、我慢しなくていい


もう、一人じゃない


そう思えました



今まで、自分を赦さず、誰も信じず、
仮面をかぶり、
貯め込んだものをバネに
まわりを全部敵のように思って、
がむしゃらに生きてきていましたが

もうそんな風にするのは、辞めてもいいんじゃないか

助けを求めたら、案外手を差し伸べてくれる人がいるんじゃないか

そして、私も誰かの本当に辛い気持ちに
手を差し伸べることができるんじゃないか


もう一度、人を信じてみてもいいんじゃないか


そんな風に希望を持ちはじめています

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一致させたくない

私は、新婚旅行でジャマイカに行きました

ジャマイカに行くと決めたのは私です

ジャマイカは、
まわりのみんなが行ったと聞いたことがない場所だったから、
行ってみたいと思いました


私の、(みんなが行ってないところがいい)と
思う気持ちには、理由がありました



友達が行ったところだと、かえってきて
「ねえねえ、あそこのお店いった?
 おいしかったでしょ~?」とか、
「○○って、すーごくきれいな所だったでしょ?」とか、
「××、おもしろいよね~」などという話題になるし、
私は、そんな会話をしても
まわりと同じ気持ちになれませんでした


私の実家は、
囲炉裏があって、お風呂は五右衛門風呂で、
手作りの井戸から水を引いて使ってたので、
たまに水道の蛇口から
小さいエビがでてくるような状態でした


それが、
スイッチ一つでお湯が沸かせる生活をしてきている人との
あまりにもの生活水準の落差に、

普段から会話をしていても、
感覚や気持ちが一致できるはずもなく
話せば話すほど、ズレが生じ
孤独な気持ち、寂しさ、みじめさ、恥ずかしさを
思い知るだけでした


(そんな思いをするくらいなら、いっそ、違う世界で生きてやる)


そうやって、私の方から、
誰とも一致しないですむ方法を選んで
自分の心を守って生きていました

その気持ちの表れが、
みんなが行ったことないような所に新婚旅行に行くという
行動になって、でていました


 
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zukamama

Author:zukamama
夫がうつ病になり、わが子が不登校になったことから、自分の生きづらさが関係していることを知り、回復に向けてやってきたこと、きづいたことを書きづつっています

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