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長男には、0歳児のころから仲良くしていた幼なじみがいます

幼稚園も一緒、小学校も一緒、もちろん中学校も一緒ですが、
私はその幼なじみのお母さんに対して、
長男が幼稚園を卒園する頃を境に
手のひらをかえしたような態度をとり、
今は、絶縁状態になっています



長男が赤ちゃんの頃は、スーパーの買い物にも、
彼女と二人でベビーカーをおして色々しゃべりながら行ったり、
子供たちをつれて、公園で遊んだり、
夏にはビニールプールで遊ばせたり、
冬には、田舎の雪をお土産で持って帰り
二人でちっちゃい雪だるまをつくったり
たまに電車にのって遠出をしてみたり
買い物で一緒にであるいてるのにもかかわらず長電話したり

長男の赤ちゃんの頃の思い出や、写した写真には、
かならずといっていいほど、その幼なじみが一緒でした


そんな仲だったのですが、私は、長男が大きくなるにつれて、
家の中のごたごたや、ママ友同志の付き合いに
どんどん思考がかたよってきて、苦しくなり
それを彼女のせいにして
いつも一緒にいることがうっとおしくなりました

私は彼女と離れたら楽になるんじゃないかと、
彼女が誘ってくることをことごとく断り、無視し、
彼女から遠ざかっていきました



それでも彼女は、長い間私に声をかけ続けてくれました
でも、私は頑なに心をとじていました


彼女を無視するようになってから、数年たって、
どうして避けるのかと電話できかれたことがありました


もともと彼女が悪いのではないし
私はもう、その頃は彼女に対して
それほど強く思うものは残っていなかったのですが、
今まで、彼女のせいでわたしはこんなになったんだという
歪んだ考えを支えに、他のママ友や家族に対応してきたために
いまさら、態度をかえるわけにいかなくなっていました

いえ、かえればよかったのに、
また私は頑固にかえようとせず、彼女に
「あまりに一緒にいすぎてつかれてしまった」と、
ひどいことをいいました


それまで、彼女は
いくら私がそっけない態度をとっても
にっこり笑ってこえをかけてくれてきていたのですが、
その電話を境に、声をかけてくることがなくなりました


彼女が共にしているママ友をみると
(きっと私の悪口をいってるんじゃないか)
そんな疑心暗鬼にもなり
私はどんどん、勝手に孤独になっていきました

自分から人と交流を断っておきながら
人に交流を断たれるのが怖いから信じようとせず
いつも人を疑い
どうせ私はと最初からあきらめることを考え
家族を私の考え方と同じようになるように縛りつけました


いつも、幼なじみとくっついて学校に行っていた長男は
誰とも付き合おうとしなくなり
学校でも一人で過ごすことが増えて行きました

長男だけでなく、主人、次男
みんな、人を嫌いだと思うようになりました

人と関わりをもつことを怖がるようになりました




それでも私は正しいことをしたんだと自分に言い聞かせ、
どんどん檻の壁を高く厚くしていきました





セッションで自分の心の歪みを知り
やってきたことの間違いに気づき
メンバーさんたちの頑張りや暖かさを感じ
りんりんさんとセッションをしたときに、
ずっと気がかりだった彼女の事を話し、
私はおもいきって、彼女に声をかけてみようと
そして、私の失礼な態度を謝りたいと思うと言いました


「言ったんだから、実行せんといけんよ~」
そういってもらいました


会わないときは、数か月会わないのに、
りんりんさんに言った日から数日も経っていないのに
近くのスーパーで彼女に出会いました

ぎょっとしたのですが、
私は、心の中でりんりんさんの後押しを感じながら
かれこれ、9年ほど呼んでいない彼女の名まえを呼びました


振り返った彼女は、ハッとした顔をしていましたが
「さむいな~」と声をかけると
彼女も、「さむい~~」と返事をしてきました

一言声をかけることができて
もし、彼女がうけいれてくれるならば
少しずつ、あいさつしていければ良いなぁと思っていました




昨日、近くのスーパーにスクーターをとめ、
他で買い物したスーパーの袋の中身がみえないように
しっかりスクーターに縛りつけていたところ

「こんにちは」と声をかけられました


顔をあげるとすこし緊張気味な顔をした彼女でした

「うわ かっこわるところみられたな~ 笑

他で買い物したんやけど、たりひんもんあってなぁ
店の中に持って入るんもなんやし、
スクーターにくくりつけとってん」


そういうと、彼女は ニコニコ笑って

「わかるわ~
いちいち持ってはいるん めんどくさいもんな」

そう答えてきました


「そやねん」とわらって返事し

少し立ち話をしました

彼女は、長男の幼なじみの塾があるから
今年は田舎に帰らないそうです

田舎独特のおもちの作り方があって、
ご主人がそれを食べたいと言うので餅つき機を買って
そろそろつくらないとあかんなあと
片栗粉を買いに来たところだと言っていました


私が彼女に数年間続けてきた態度は、
最低でした



それなのに、
私が彼女の名まえを呼んだだけだったのに
彼女は私をみかけ、声をかけてきてくれました

それが、本当に嬉しくて嬉しくて


そのことをこのブログに書きのこしたくなりました

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法事

昨日 実家の法事に帰ってきました

普段の私であれば
こういった家の行事ごとになると
母の緊張をもろに受けて
必要以上に子供たちに注意しまくったり
いわなくていいことをべらべらしゃべりまくったりしていました


実家につくと母が開口一番
「やっときた!」

お坊さんが来られる時間よりも30分早くついたのに
私たちより先に弟家族が到着していて
母は、弟家族がきたらすぐに私たちも到着しないと不安なんです

万事がこんな精神状態で、
今までの私は母の一言でビクッとなって
不安や緊張に脅えて ドキドキ オロオロ 
母の機嫌をとるのに必死になっていました


私は
ここでゆらいではいかんいかんと自分に言い聞かせ
「おくれたら、さきやっとってくれたらええねん~」と
わらって言うと
母の顔がひきつり、義妹がびっくりした顔をしていましたが
私はしれ~っとしていました


お坊さんが来られると母の緊張はマックスになります


お経がはじまるのですが
正座の慣れていない子供たちは モジ モジ モジ

今までだと、母がなんと思うだろうと勝手に先読みし
「じっとしとき!」と子供に声をかけたり、
お経の間の鐘がなったら子供たちをつんつんとつついて
手を合わせるようにうながしたり・・・

もうそんなことは一切しませんでした

あんなに長いお説教のあいだ、モジモジしながらも
最後まで正座を崩さなかったのも子供たちの意思だし
鐘が鳴った時に手を合わせたり合わせなかったりもあったけれど
でも、最後にはきちんと両手を合わせてお参りしていました


それで充分♪

私はそう思いました


お坊さんが帰られて、会食を終え
かえる時間になり、母は車まで見送りに来ました


めずらしく、母は私の目を見て
「きをつけてかえれや 風邪ひかんようにな」
そういいながら、泣きだしました

母も緊張がとけた一瞬だったんでしょう

私は、
「おかーちゃんもな」
そういうと車に乗り込みました


助手席の窓から顔をのぞき込み、
「元気でな 風邪ひくなや またこいや まってるでな」と
母は
子供たちの顔をそれぞれさすっています


「うん ばーちゃん また 正月くるからなー」

「ばーちゃんも 体きいつけてなー」


私が何にも言わなくても、
子供たちは母を思ってやさしい声をかけています


これで充分だ 


心からそう思いました


今まで、母と別れる時は
今回の行動を母は気に入ってくれただろうか
私は間違ったことしてなかったろうか
別れ際まで母の顔色を気にし
不安な気持ちになり、
母からなにも感じることができないことで
何とも言えない寂しい気持ちでいっぱいになり

かえりの車の中では
せつなくて泣けてきそうになっていたのですが


「さー、運転しながら寝んようにせんとな~ かえるで~」と
子供たちと
弟としこたま飲んで
酔っ払って後部座席でひっくり返ってる主人に声をかけ 
今回は心軽くかえってくることができました



「天国のおとうちゃん お母ちゃんの事 よろしくなー 

私は大丈夫やからー 



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zukamama

Author:zukamama
夫がうつ病になり、わが子が不登校になったことから、自分の生きづらさが関係していることを知り、回復に向けてやってきたこと、きづいたことを書きづつっています

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