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自分が楽しむ

今回のトリプルセッション

途中からりんりんさんと
他のあなここメンバーさんも合流して
楽しい会話を始めたのですが、
うまく参加できない・・・

どんどん無口になってく~


『まずは 自分が楽しまないとネ
好きなものを知って行く気持ちよさ
理論では無理』


好きなものか~


そうだよね

これからはもうちょっと、楽しいこと探そうっと


脱!  『あゝ 野麦峠』
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プライド

主人の休みの日

私と主人とで、我が家の現金出納表を作り
新しい計画をたてました

私はりんりんさんとセッションではなしたこともあり、
「私にいえなかったところあったんじゃない?」
と声をかけると、なんと、主人は
「他に、保険を1つ解約して返済に充てている」
と打ち明けてきたのです

私は頭が真っ白になりました
私はどんな意思を出せばいいのかがわからなくなりました

もう、どうしようもないことになってしまっていると
りんりんさんにもきんたろうさんにも
相談する気もわきませんでした

その解約した保険は、
次男の学資保険がわりにかけていた養老保険でした
その保険をかけた時期は、
主人がうつ病と診断されるすこしまえで
我が子の名前も思い出せないような状況で
なんのためにこの保険に入っていたのか
主人はまったく覚えていないようでした

「今月から、次男の為に積み立てしよう」と
主人が後から言ってきていましたが、
「あたりまえちゃうん ・・・もう 甘えんといて」というと
主人は凍りついたような顔になり
私はそれ以上、口をききませんでした



ただただ、呆然とその日を過ごし、
次の日次男に
映画に連れて行ってほしいと頼まれていたので、
映画館に行き、
私は入口ちかくのソファーにボーっと座っていました
私は、そこで、きんたろうさんとりんりんさんに
事実のみを記入したメールを送りました

きんたろうさんから、
『まだあるとおもっとったけど
聖域の学資保険にてをつけるとは
ずかちゃんの失望感はハンパないやろうね
とりあえずなんか考えるから待っててね』
そう返事をもらって、初めて目がしらが熱くなりました

次男が映画を見終わり、
どんなふうにして帰ってきたのか
家に帰ってからも、ただ呆然とごろんと横になったまま
『大丈夫なの 返事をしてよ』との
きんたろうさんからのメール音で気付くまで
ずっと朦朧とした状態でいました

私はそれまで、
りんりんさんがメールを送ってくれてた音も
その前のきんたろうさんからのメールも
まったく聞こえてなかったことに気づき、
あわてて返事を送りました



りんりんさんとのボイスをもうけてもらい
その中で
私が変わろうとするとボロボロでてくることを
再度言われました


私は今回の件で、
私が今まで、家族に対して
どれだけ強烈に威嚇し威圧感を与えてきたかが、
わかったように思います

だからこそ、私に緩和がおきたことで影響する
家族の心の緩みのおきかたも
ハンパないんじゃないかと・・・

そして、
主人の中に私がいないことが分かりました

それは、私と母との関係と一緒で、
こっちを振り向いてくれない人を
こっちに向かせようとする
ゲームを自然としてきている状態だと
りんりんさんに言われました

確かに、いつも自分の人生を恨み
グルグルの中で生きている母と主人とは似ています
そんな主人に振り向いてほしくて、母との間柄と
全く同じ状態になっていたんだということを
りんりんさんの言葉で思い知り、
心にぐさりときました

だったら私はどうだったのかというと、
同居していた義母の機嫌をいつも伺い
そして義母に良い嫁をアピールすることに必死で、
主人や子供たちはその為の道具とした扱いで
私の中にも、主人や子供たちはいませんでした・・・

どっちの中にも、お互いがいない状態でした


主人は小さい時から
『自立する力を骨抜きにされてきた状態』で、

『主人は、私のかいがいしさに益々あまえている
それを辞めること』と指摘を受けました


今まで私がいかに違った方向に
エネルギーを注ぎ続けてきたか
そのことのしっぺがえしだと、つくづく思いました


『私が気を緩めると 
やってもらおうという気持ちが沸くから
人を押しだす力をつけてやる
そうなるには人を見る力をつけていくこと』

今の私は、
『主人の主導権を主人に戻し
人の面倒を見るのではなく自分のためにできればいい

自分の軸はそのままで相手の言葉を引き出す

引き出す練習をしていかないといけない』
と言われました


『今、いろんなことがタイミングよくでている
主人の借金がほかにないかが一抹の不安

今までの事も考えると、
借金される覚悟はしとかないといけないけど
ぜったいかえるぞという気迫
そういうプライドは必要なんだ』
と、教えてもらいました



今、主人を悪者にしていては、
母がそうだったように、
私が、義母に対してそうだったように
またぐるぐるの始まりになってしまいます

私はそうやって背負いこむターゲットを
次々と見つけては
頑張ってることを評価してもらいたくて
周りにアピールし、
本当に大切なものをとりこぼしていく

そして、また、次から次へと
背負いこむものが大きくなっていく

益々頑張ってることをアピールするため
次のターゲットを見つける

もう、そんな自分とはさよならしなければ・・・



『なにができた 知ってるのプライドはいらない

家族再生させる気迫 プライドが必要

人をみる力つけないといけない

今やっていることを続けて行く』



外面を気にして、虚勢をはったり
上か下かを意識して
威圧感をもったりへりくだったりしてる場合じゃない

今までの過去のヘドロに振りまわされていては、
またひき戻ってしまう

今回、我が家の現実を、
嫌というほど思い知らされました

私は、自分を憐れんで
かわいそうな私になって
周りを拒絶し孤独になって行くような
そんな人生はもう嫌です 辞めたい


過去から自分を変える 私は、変わりたい!


そう心に誓いました




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新しい価値観

私は、今回の件で、無力感を知ったことによって
悪あがきをする気力もなくなり
りんりんさんやきんたろうさんと話をさせてもらったことから
心をしばっていた鎖がぽろりと外れたような
そんな感覚になり
もう頑張らんでええやんと自分に思えるようになりました

すると不思議とまわりの物事を必要以上に重く受け止めたり
自分を見失いオロオロするような感覚がなくなり
仕事をしていても随分と余裕ができて
以前ほど疲れなくなりました

家族にも、手や口をださなくなり
それを我慢するというわけでなく
はらが据わった感じになり
きんたろうさんの言う無限の力
家族が自ら動き出す力を見つけることが出来ました

そのことをりんりんさんに話しすると
家族は、行動をおこしつつ
今の私が本物かどうか様子見をしている状態だと
言われました


今回のこの自分を自分で保っている状態をおぼえさせること
それには時間が必要で引き戻しもある
引き戻されているという感覚をしっかり覚えて気付くこと

自分の感情をごまかさないこと
私はごまかしはじめると言い訳が多くなり
正当性を無理やりつくっているような感じになる

人と付き合う限り好きや嫌いがあって当たり前
人間はトータルで付き合うものであって
オールマイティーで好きになるなんて無理な話だと
教えてもらい
これからは、
新しい価値観を手に入れるんだといわれました

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自由

りんりんさんに、
「これから、どうなりたい?」と聞かれ
私は、「自由になりたい」と答えました

でも、どうしても自分が
「自由になりたい」と口走ることに
ものすごく違和感がわきます

そんなこといったらいけないというような、
そんなこというなんて、恐れ多いというような・・・

私は、
自分でものごとを決め、分別していく力がなく
いつも誰かが軸になっていました

そうすることで、自分を失っていき
自分の目で相手を見れなくなった状態になっています
(これは、まさに今の主人や息子達の状態でもあります)



私は以前から人が怖いという話を
りんりんさんにしていました
人が怖いから、
威嚇したり威圧感を相手にあたえることで
自分を保っていました

そして、相手が自分より上だと分かった瞬間
卑屈になりひれ伏して
相手を軸に動こうとする思考があります



『不自由ということは、自分の意思がない状態で
それは自分を見ないですむ状態』だと
りんりんさんが教えてくれました

母が自分の人生を恨んでぐるぐるしている状態が
同じことなんじゃないかと思います

そして、主人も
義母や私や会社の上司の抑圧に耐えていることで
本当の自分を見ないですんでいる状態

私も、実母や義母の支配、
主人を敵にし、そして、
子供たちが不登校で大変だから
自分が不自由なめにあわされているということで
逃げていました

長男にも次男にも、実父にも義父にも義母にも
おんなじ思考がみられます

今までの私は、人をみて動く感じだから、
たくさんの軸に振り回され、ぎくしゃく、オロオロする

常に相手を軸に持つからこうなっていたんだと
自分の今までの生きづらさがとてもよくわかりました


『これからは、選ぶを練習

ちっさいところから増やしていく
自分で決めて選んでいく
選べることが自由
選択権が自分にあるのが自由
苦痛にならない程度に選ぶを意識する』
とアドバイスをもらいました


・・・そうか自由にしていいんだ・・・

・・でも・・・


晴れわたった感覚の横から、
どうせ私は○○だからと諦めるような感情がわいたと
りんりんさんに話すと、


『どうせと思う気持ちは 自分が辞めないといけない
どうせとおもう気持ちは 逃げ
逃げれば傷ついたということで人を攻撃できる』

そうか・・・

確かに、自分が被害者になれば、相手を加害者(悪者)にできる
そうすれば、自分は可哀そうで大変なんだと
遠慮なく言えることができる


『そこに逃げれば 手も足も出ない
一緒に行こうと手をさしのべられても
どうせ私はと拒否しちぢこまる
そうやって拒絶して自分を守ってた』

そう・・・
私はそうやって、傷つけてくる敵をつくることで
可哀そうな私を守ってきてた・・



『どうせという思考回路は引き戻し
  引き戻しをどうひきとめるか?

どうせ私は○○ですよと人と比較しだす
比較スイッチに気をつける

そうやって不自由さを選んでいる
拒絶はそういうこと
ひとりぼっちになろうとする

どうせ私はという考えはキーワードだから
これから気をつけてみる』


・・・もう選ばない 私は不自由を選ばない
一人ぼっちなんて嫌!



『まずは楽しむ
今から新しい価値観 手に入れる』


そう教えてもらうと、さっき以上に、
私は自由になって良いんだと思うことができ、
自分の心をしばっていた鎖のようなものが
バチンと外れた気がしました



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私が笑う時

りんりんさんとのセッションや、
きんたろうさんとのセッションで、
私の笑いが不自然だと以前から言われていました

今回のセッションで、
感情と言葉が一致していないことを指摘されたのですが
文字チャのなかで私がムッとしてる内容の文章を打つのに
文章の最後にニコマークをつけていることに
「そのニコマークはほかにもあるん?」などといって
私にしおりをいれてくれていたのだそうです

それは一体どうしてなのか・・・?


私は辛ければ辛いほど笑う所があります

りんりんさんとのボイスで、
私は中学の頃に
仲良しだったクラスメイトの事を思い出しました

私はいつも彼女の言いなりの状態で
本当に彼女のことが好きで一緒にいるのかどうか
わからない状態でした

あるとき、彼女とやっていた交換日記を
理科室に置いたまま、
自分のクラスに戻ってきてしまったことがありました

そのことを知った彼女は激怒したのですが、
私は彼女に謝るともうそれ以上一緒にいようと
思いませんでした

いつもそうやって、自分の意思ではなく
人の意思で自分の行動を決めているところがありました

その日、写生大会があり、
私は一緒にいる子がいないので、
いつもいじめられっ子になっていた
女の子の横に座って写生をはじめると
彼女は随分と喜んで
私に、誰にも言っていない過去の話などを
話してきてくれていました



彼女と写生をしていると
近くを通りがかった男子が、
「おお、おにあいやんけ」と
からかって笑われたことに
私は笑っていました

それから、特に男子から、意地悪なことをされたり
バカにされたりからかわれたりしていたのですが、
どこか、私はいじめられて当たり前というような
感覚がありました

そんなこと、今まですっかり忘れていたし
人に話しするのは初めてだと思います


おぼろげに思い出しりんりんさんにはなすと、
「いじめられて当たり前な人間がおるわけないやん!」
と、りんりんさんが涙声になりました

それでも私は、(そうだよなぁ)というような
ぼんやりとした感情しかわきませんでした



母親との関係の話になり、
私はいくら学校でいじめられても
家でそんなことは一切言えなかった話をしました


母は、私が辛い思いをしたり
私がバカにされたり、みじめな思いをすると
まるで自分がそうされたかのように落ち込み
自分の人生を恨みはじめます

そんな母を元気づけたくて
母が小さいころに生まれ育った場所に
連れて行ってと頼むと
母はあんたがいうならという感じで
軽トラックで連れて行ってもらったことが
何度かありました

ここでお祭りがあったとか
この道は夜になると怖いんだとか
夏はここの川で遊んだとか
冬はこんなことをしてあんなことをしてと
嬉しそうに話す母をみて安心していました

軽トラックを止めて
もうよその人の手に渡ってしまっている
生まれ育った家を遠くから見つめながら
母はじーっと物思いにふけります

私は黙って母の助手席に座り、
そろそろかえろうというのを待っていました




ところが、私が親戚から褒められたり
近所のひとにほめられたりと
母より目だったり幸せになると
母はとたんに、私を無視し
私を見ようとしなくなります

私は自分に良いことが起きると
とても不安になり
それが崩れると安心するという
変な思考がしみついていました

どうして、不安になるのか?

それは、また母に無視されるのが
怖かったからでした

母が私の実家にお嫁に来たいきさつは
その時は知りませんでしたが、
とても自分の人生を恨んでいるような感じだったし
そのうえ私が不幸せになると
ますます母は自分の人生を恨んで
私の実家を恨んでぐるぐるのうずにはいりこんでしまうし、
逆に私が母よりも目だったり、幸せになると
母は私の存在すらを無視してくるので、
いつも本音を隠して笑っているしかありませんでした



『・・・もういいよ づかさん

今までそうやって お母さんをずーっと守ってきたんやん

もうじゅうぶんだよ 今度は自分を守る番だよ』


そのりんりんさんの言葉に、
私は胸の底から辛かった気持ち 悲しかった気持ち
寂しかった気持ちがわき出し 
涙があふれ出し、泣きじゃくりました



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家族再生

私は主人が何をしても強く言えない理由が
ひとつ心のしこりとして残っていました

主人の両親は、不動産にとても思い入れを持っていたのと同じく
主人も、不動産に思い入れがあり、
7~8年ほど前に、我が家(義母所有のアパート)の隣の人が
土地を売りたいと言われたときに主人はとても喜んでいました

でも、主人はその土地を買うというのみで
家を建てたりしようとは言いだしませんでした

なぜなら、義母が
私たちにこのアパートに住むことを強く希望し
ゆくゆくは建て替えて同居したいと望んでいたので
新しく私たちの家を買うことで
私たちが義母の意向にそむく
(義母から独立する)事を嫌がるのを
主人は知っていたからです

このアパートも築年数が40年を過ぎていて
いつ建て替えてもよさそうな建物だというのに
何に使うかわからない土地を何千万もお金を出して
買おうという主人の考えに私はついていけず
契約の話を始めていたにもかかわらず
私は断固として反対しました

主人は親を愛し、求め そして相反する気持ち
葛藤 その軸を隣の土地 象徴としてかんじていたのかもと
りんりんさんに言われました

その隣の土地に対する主人の本当の思い入れを
私はその時きいてもいなかったし、主人も言わなかったし、
主人は、駐車場として運用するつもりだったそうですが
私はそれすらきかされていませんでしたし
私もどうするつもりなのか聞こうとしていていませんでした




契約を破棄したのち、主人は仕事に没頭し
それがまるで、自分の体を壊そうとしているように見え
そして、私を無言のうちに責めているようにも見えて
悪い事をした・・・申し訳なかった・・・
主人の気持ちよりも私の安心をとってしまった・・と
私は自分を責めて、
いつも主人の顔色をみてビクビクする生活になりました

ですから今回の借金も、
まだ私を責めるきもちがおさまらず
私への腹いせをしたのか?
このことも受容れないといけないのか?と思いました

そういう事があり、
借用明細のはがきを見たときも
りんりんさんから言葉をかけてもらうまで
怒る気持ちもわかなかったのです




契約破棄をして1年ほどして、主人の同僚から
「あいつの様子がおかしすぎる 
奥さん、どっか医者につれていってやってくれ」と
電話がかかってきたのです
主人の体重は20キロほど減り
173センチで50キロあるかないかになっていました


主人がうつ病と診断され
仕事をすることができなくなり、
長期で療養休暇をとるようになってしばらくしたとき
アパートの最後の住人が転居した為に、
主人に手続きを頼んで銀行のカードを渡したのが最後
主人は預金のすべてのお金を使い込んでいました

そのとき、私は主人に怒れませんでした

義母には、
「ちょっと貸してほしい」と言ってあったそうです


知らなかったとはいえ、預かっていたのは私だったし、
義母に必ず返すと謝ると、義母は返さなくて良いといいました

「あれは、うちがあのこに好きにつこたらええいうたお金やから」
と言われました

義母は、我が子が自分のお金を使い込んだという事実を
認めようとせず 好きに使わせたお金だ と処理してしまいました

主人がうつ病だとしったときも
あの通帳から100万円引き出して
○○会に寄付してと言ってきた人です
そのお金を主人は残さずすっかり使ってしまいました



この一連の出来事をりんりんさんにはなすと、


『もうね これからやね からまりすぎたんやね

家族再生

今、へどろがでてきてる 出尽くしてきれいになる』


そう言われました


私は、もうへとへとな気分になり
「なるのかなぁ・・・」と弱音をはきました


『なるよ あきらめなければ』

りんりんさんは、そう言ってくれました


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付箋

主人との件以来、
はじめてのりんりんさんとのセッションが行われました

きんたろうさんと話したことをまとめていうと、
その中で、

『私がいい方向に向かうと
まわりが何かを引き起こす』

このことについて何か話したか聞かれました

私は詳しく話していなかったようにおもうと答えると、
りんりんさんは、
「これには、おそらく、二つの付箋があると思うんよ」と言われました


一つ目
AC家庭は、お母さんがゆるくなってくると
それまで出せなかった部分が
ぽろぽろと出てきやすい状態にまわりがなるってこと

二つ目
おそらく、私の実家もそうだったとおもうけれど
誰かが、何かを引き起こすこと、問題がおきることで
それぞれが関心を引きたい

常にドラマティックでそういうバランスの中で
家族全体が、微妙に均等をあやうい感じでとりあっている

と教えてくれました


私は、もうでしゃばらないと言うと
大事なのは、なぜ出しゃばるかではないかと思うと
言われました


私がなぜ出しゃばるか・・・?

それは、私の空虚感を埋めるため
家族に、私がいないとダメだと思わせるためでした

私は、
主人にかいがいしく世話を焼き
子供たちがちょっとでも
私にこっちを向いてもらおうと訴え続けてくることに
文句を言いつつ やっぱり私がいないとだめなのねと
自分の価値観を求めていたのではないかと・・・

間違った支え方をしていたというと、
脱力感 無力感 今までの私はなんだったのだろうと
もういいやという感じが漂ってくるとりんりんさんに言われました


私はそうおもわないといけないと思っていました


そういう志向は長くは続かない
空虚感を埋めたエネルギーはいずれ、
どこかに出口を求めるものだよ

自分が今まで苦労して支えて頑張ってきたこと
子供の為 主人の為 お母さんの為
その頑張ってきたことまで否定しなくていい

結論を早急に出さず、方向が間違ってたら方向転換を
じっくり取り組めばいい事であって
今までの自分を否定することはしなくていいといってもらいました

私はこの家庭に必要ないかもという雰囲気が感じられると
りんりんさんにいわれました



でも、私が手出し口出ししなくなったことで、
前回の”無力に気付く”で書いた
家族の変化を目の当たりにしてみています

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無力に気付く

私は、主人の件があった後も 
しかたなくパートに出かけていたのですが、
ある日、受付パート先の患者さんが
「新しい靴を買ってはいていたら腰が痛くなった」と
先生に訴えていたのを聞いて
(なにが新しい靴やねん・・・)と
つくづく今の自分がばかばかしく思えてきました

あの借金がなければ、
私だって新しい靴がなんぼでも買えるわよ
だいいち、
なんで私はこんな借金をかかえないといけないわけ?

私は、一体何のために働いているの?

そもそも、パートを始めたのも、
主人や家族の事で、
治療費を稼ぐために始めたことなのに
家が空虚化してしまっている・・・

何のための人生なのか・・・

誰の為の人生なのか・・・


この半端ない無力感


いつもは、
ニコニコと患者さんに笑顔で接している私ですが
この日ばかりは、
自分のやってることがつくづくばかばかしくて
ニコリともする気になれず
仕事中にこんなに無表情でいたこと、
私は今までありませんでした

もう、がっくりとして ものを言う気にもなれず
そんな私の異様な状態に
家にいると、
主人も子供達も私の顔色を逐一チェックしてきます


勝手にしてくれと思って、何にもしゃべらず
例の長男の部屋に引きこもってぼーっとしていると、

ものを片付けない長男が
何にも言わないのに片付けものをし

次男は、私に気持ちを訴えてきて
私が主人や長男に
色々と解説するような状況だったのが
私を通さず
主人や長男に直接気持ちをいうことが増え

なんでも私をあてにしていた主人が
自分でコーヒーをいれたりコップを片づけたり
風呂掃除までしてくれています



(なんなの? これは・・・)




『どうしようもない大きなものに・・・
無力を感じる・・・
無力を手に入れたとき
無限の力を手に入れるのかもしれないよ 』



これは、きんたろうさんがかけてくれた言葉でした


長男が不登校になって初めて
洗濯物をとりいれてくれていたり
ぽつり、ぽつりと、
将来の進路について真面目に話してくるし

次男は、昼夜逆転状態だったのを
自分で工夫し、コントロールし始め

主人は、毎日、毎日、
仕事帰りに携帯に電話がかかってきて
その日あった嫌なことを愚痴ることがなくなりました



・・・無限の力というのは、このことなの?


私が先回りをして、あれやこれやと
口出し手出ししていたことを辞めたことで、
主人や子供たちが自分で考え、
自分で行動することが増えたということ?


私は今まで一体何をしてきていたんだろうという気持ちと
あれこれやることを辞めたことで
家族がどんどん行動することが嬉しい気持ちとで
とても複雑でした

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主人

主人の両親は、二人とも公務員で
その傍ら、賃貸業もはじめ
住んでいた家も2回建て替え
最終的に田舎の海辺に
家と船を買って移住しています

その感覚とは全く逆に、
義母はいつも同じ服、
生活の事細かいところをつましく暮らし
いつもお金の心配を
していないといけない状態だったようで
主人もお年玉を貸したことがあるといっていました

主人は、ランドセルを買ってもらえず8歳年上の
兄のお古を背負って入学式
入学式の服も、私立の幼稚園で着ていた制服を着て
いかされたのだとか・・・

このアンバランスさ

主人は小さい頃、近所のだがしやさんにある
ガチャガチャのおもちゃが欲しいとねだったのですが、
何度言ってもやらせてもらえず
再度頼むと、今度はたくさん小銭を持って連れて行かれ、
「さあ!なんぼでもやんなさい!」と
義母が自分の後ろで仁王立ちするまえで、
何度も何度もガチャガチャをやらされ、
手が震えたと主人が言っていたことを思い出しました
全部やり終えた後、どれだけくだらないものに
お金を使っているかを延々いわれたのだそうです



義母は、うちに一緒に住んでいた頃
「息子が子供同士で遊びに行く時
もし食堂に入った時でも、みんなの注文するのを聞いて
一番安い金額のものを注文した子と
同じものを注文するようにっていうとってん
どうせ、みんな使いたい放題で帰りの電車賃の
なくなる子もおるやろうから、
うちはいつも、息子にみんなより多めのお金をもたせてな、
その子たちにかしてあげられるようにって
お金を渡していたんや」と
自慢げに言われたことがあります

義母のこの手の自慢話はいくつも聞かされています

主人は、そうやって義母の満足のために
行動を支配されて、
どう思って生きてきていたんだろうか・・・

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自己開示

次の日、主人にどうか話をきいてほしいと言われ、
主人は、いきさつを説明してきたのち、
わるかった にどとしないと 言っていましたが
信じられるきにもならず
これで2度目やんというと、前回の借金を覚えていないというのです


主人は、6年ほど前
賃貸業をしていた義母から預かっていた通帳の預金を、
全部使い果たしています

その通帳をみせると、
(なんだこれは!?)という顔で、まじまじと通帳をみていて
「ほんとに、覚えてないの?」ときくと、
他人事のようにうんとうなづいたのにつくづく頭にきて、
主人を平手でひっぱたきました

今回、どんな状態の時にいくらくらい借りたのか聞きました

おそらくという前置きで、
うつ病で仕事を長期療養休暇で長期で休んでいた頃
義母の通帳のお金を使いこみ、それも無くなり、
仕事に行き出してからも
財布のお金がなくなるとカードローンでお金を引き出し、
小遣いなどからかえしたり
パチンコで勝ったお金でかえしたりしていたと
使ったのは、パチンコより、飲みにいったお金などこまごましたものに
使ったウエイトは大きいと言っていました

お財布にお金がないとさみしいといい
主人は、お金を使う事で
なにか満足感が得られるんだと言っていました

その満足していない部分はなんなのか聞きました

休みに家にいても私が仕事でいないしやることがなく寂しいと
仕事に行っても、周りよりできていない感があり
今やってる仕事をもっと頑張れば自分に居場所ができるといいます

その根本を 満足させなければ 
また借金をくりかえすんじゃないかというと
義母の預金を使いこんだ頃と今の自分は違うと
言い訳になるけれど 借金があったことで
絶対仕事をやすまなかったし、頑張れたとも言っていました

家族療法を初めて、
主人があんなに早く抗鬱剤が手放せたのに、
なぜ睡眠薬がなかなか手放せなかったのかわかったようなきがしました

「借金の事を考えたら、
気になってねむれていなかったのかもしれない」と
本人も言っていました

私は 
主人が元気になってきてくれたことで喜んでいたことが
表面だけの出来事で
主人の事を、
ちっともみることができていなかったのかと思うと
今まで私は一体なにをしてきたのかと
無力感で呆然としました

私は、子供をつれて家を出ようかと思うと試しにいうと
それだけはしないでほしいと
去年の5月に単車でひっくりかえって入院したころから、
やっと 家庭というものに目をむけられるようになり
ここ数カ月で、
子供たちと随分とコミニュケーションをとれるようになり
家族と言うのはこんなに良いものなのかと思えた所だと言われ
全く 自分勝手な言い分だと思いましたが

長男は 私が 
借入明細のハガキをみて動揺しているのを知っていて
朝、私に
昨日おかんが動揺してたことお父さんに伝えてあるよ
どうやって返していくのかキチンと話しあったほうがいい
家族がバラバラになるのだけはとめてほしいと
頼まれていたこともあり
もともと自立する自信もないことから、
そういう決断をすることはできませんでした

それに、私は主人に黙って、家族療法で面談を受け、
主人が使い込んだのと同じくらいの金額を支払っている事を
黙っているのも事実なので
私は、主人にどれだけの金額を支払ってきたか打ち明け

主人は、居場所がない 寂しい気持ちを解消するためにお金をつかい
私は、安心を得るために家族に内緒でお金をつかっているという
お互いが 自分の空虚感を満たすために黙ってお金を使っていて
子供たちのことをみもせず置き去りにして、
自分たちの満足のために生きているのと一緒ではないかと話しました

主人は、
子供たちも自分と同じようにさびしく虚しい状態で家にいたのかとか
どうしたら子供たちをそんな気持ちからすくえるだろうかとか
ああでもないこうでもないと色々考えて言ってきていました

主人があんなにも私と向き合って長い間話をしたのは、
結婚して初めてのような気がします

きんたろうさんに、私のやっていたことは、
主人と同じことだということを気付かせてもらい
そのことをきちんと話すようにいわれなければ、
私は被害者意識の塊になって、もっともっと主人を責めて、
私は”かわいそうな私”に酔っていたんじゃないかと思います


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プロフィール

zukamama

Author:zukamama
夫がうつ病になり、わが子が不登校になったことから、自分の生きづらさが関係していることを知り、回復に向けてやってきたこと、きづいたことを書きづつっています

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