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失敗は成功の元

数日前、おからという題名で、義母の事を思い出し
ぼちぼち義母に対する気持ちの整理を
つけていけたらいいなぁと思っていた矢先に
義母がうちに来たいと言っている話しを聞いて
私はおもいっきりパニックをおこしてしまいました

確かに、義母は可愛がってくれたけど
それ以上に、私のこのAC的な素質と、
義母もおそらくACであろう素質が共鳴し、
私は随分と家庭を犠牲にしたことも事実です

今回の件、私なりに家族の気持ちを感じつつ
話を進めようと思ってはいたのですが、
できなかったです

”やっぱり私は悪い嫁”

そのぐるぐるがずっと私を取り囲み
昨日は家に居てもなにもてにつかない状態でした

昨日、主人が会社の送別会に行く前に、
先生の判断を聞いたうえで、義兄と義母に
子供たちが不登校になっていることと、
義母にそのことを知られたくないと
子供たちが思っていることから、
子供たちの意向に沿った対応をしてやってほしいと
連絡してくれました

今朝、義兄や義母とどんな話をしたのか
詳しく聞いてみました

聞けば聞くほど、
自分をマイナスにしか思えないこの自分の弱さ・・・

今、私は主人の言葉が歪んで聞こえているんだ
などということなど、全く考えることができず、
どんどん硬い殻を作り始めていました

正直言ってここに書くのも恥ずかしいくらい・・・

でも、最後の最後、思い切って主人に言ってみました


「わたしさ、
ばーちゃんがこっち来たいって言ってる話し
きいてからさ、ろくなこと考えてないねん

過去に言われた辛かった言葉なんかが
どんどんわき出してきてさ・・・

でも、そんな過去に縛られていたって
進まれへん

人に認めてもらおうと必死になるよりも、
もっと、自分で自分を認めてやれるように頑張るよ」

まるで仲間外れにでもあっているような
そんな気持ちをどうにか安定させたくて
主人にそういってはみたのですが
ぽっかり心には穴が開いたまんま

はっきりいってやせ我慢でした



でも、頑張ってるもの 私・・・

こうやってセッション受けて、
他でも先生のお世話にもなって、
ちょっとでも家族の役に立とうと
自分を何とかしようとやってきてるもん

もう、人の言葉で一喜一憂するのはやめよう
もうビクビクしなくていい

今日仕事をしていてふと、そう思いました


私の不安定なそぶりが気になったのか、
今日から早めのGWに突入した主人が、
職場まで送り迎えしてくれて、帰りにランチに誘ってくれました

ランチから帰る車の中で、
「あのさー 私の一番怖い夢って、
高いところから落ちる夢やねんけど、
もうひとつ怖い夢があってさー

独身で結婚が決まらなくて
”おまえ一体これからどうするつもりやねん”って
まわりからさんざんいわれて
自分でもどうしよう・・って
すっごく不安になっている夢やねん
昨日久々にその夢みてさー」と
主人に言いました

主人は
「そんなもん、起きて数歩あるいたら
おれベットで寝とんねんから
いつでもこいやー」と笑って言われました

いやはや・・・


勝手に孤独になって行く癖を辞めよう

つくづくそう思いました


数日前まで、
なかなか良い調子で歩いて行こうとしていたのに、
今回の件で
心のあしをぐねったかもしれないけど、
心のしりもちついてしまったかもしれないけど、
でもまた、私は歩きだします



ばーちゃん

もう80にもなったのに、今度は子供たちのことで
心労かけてしまってごめんね

今はやっぱり、ばーちゃんを受け入れると
私は平静ではいられなくなって、
子供たちの精神的なリズムを狂わせてしまって
また大変なことになってしまいそうだから
今回はゆるしてね

ばーちゃんまでを受け入れるほどの器は
今の私にはないけれど、
でもいつかこうやってセッションを受けていって
もうちょっと私の器がひろくなったら
ばーちゃん受け入れるからね

それまで待っててね

ごめんやで ばーちゃん ほんまに、ごめんやで




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いってきました

先生に相談に行ってきました
先生は、「おはちがこちらにまわってきたわけですな?」と
苦笑いされていました


「ほんまに壊れる心配をするのは
本人たちのペースが乱れるということ

1日2日一緒にいるならまだしも
長期ではちょっとあれやねぇ

どういう風な言い方をするかは
それぞれ、一長一短がある

これがいいと、こちらからははっきりとは
いいませんから、考えて伝えてみてください」

と言われました

実を言うと、先生にそう言われた時、
ゾクリと見放されたような不安がよぎりました
「私悪い子?」
そんな気持ちがわき、ソワソワしました

”自分で考えてみて”

親にそんな風に言われる時というのは大体 
意向に沿った答えを出していないときが多かったんです

(今の答えが気に入られなかったんだ)と思うと、
私はどんどんオロオロしていっていたこと
その頃の感覚を思い出しました

当然、義母と同居していた時も
私は、義母の答え方一つで一喜一憂していました

もうそのことは嫌というほどわかっているのに、
義母の優しさが、義母の笑顔が欲しくて
私はいくらでも知恵を絞って
自分の立場がよくなるように
家族を自由に犠牲にしてきました


あの頃の気持ちを思い出し、
一瞬ゆらぎかけましたが、もうぶれません

・・・ちょっと過去を思い出して、緊張しすぎました
楽しんごダンスでも踊って、心をほぐそうか ・・・


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ジョーズ襲来

ずっと 息をひそめておった義母が、
ゴールデンウィーク明けに
我が家に来たいと言いだしたらしいんです・・・

3年ちかく、静かにしてくれてたんだけどなぁ・・・ ^_^;

(とうとう来たか・・・)という感じだけど、
我が家は長男も次男も自宅警備員状態

そんなこととはつゆしらず、
義母は孫の学生服姿や、
ランドセルを背負って学校に行く姿を楽しみに、
”歯の治療がしたいから”という理由から、
おそらく何か月か我が家に居るつもりでしょう・・・


主人は、
「”ちょっとまって、聞いてみるから”っていっておいた
俺は別にええねんけど、お母さんや子供らがなぁ・・・」


(なんでとっとと断ってくれないかなぁ)と、
あとでこの言葉を思い出して腹が立ったのですが、
でもまぁ、以前の主人なら、
有無を言わず、「ええで、おいでや。楽しみにまってるわ。」
とでもいって、喜んで義母を迎え入れ、
私たちは、当然のようにニコニコと義母をお迎えしなければいけない
状況に陥らされていたでしょうから、随分と進歩です

3年ほど前に、
同じように義母が”歯医者に通いたいから”という理由で
こちらに来ると言った時、
その頃の私は、すっかり義母を崇拝していたので、
わたしですら、「どうぞ、どうぞ」と電話で返事をしたのですが、
主人のうつ病の治療のお世話になっているの先生から
ドクターストップがかかりました

「この状態で、お義母さんがzukamama家に来られたら、
ご主人の病状は、悪くなっても良くはならないですよ

なぜなら、あなたがお義母さんを最優先してしまうからです

どれだけ自分が悪者扱いされようが、
家族を守ると思って、お義母さんが家に来ることを断りなさい」と
きっぱりいわれ、その時に
(ああ、私は私を守っていいんだ)と初めて思ったことを思い出しました

でも、それはある意味、
”いい嫁としてみてもらいたい”という私の殻を
打ち破らなければいけない作業でもありました

義母に断りの電話を入れた時、
手がブルブルと震えて止まらなかったこと、
いまだに覚えています



今回の事、子供たちにどうするか相談してみようかとか
二人で話をしたのですが、
そんなこと、子供たちに決断させるのも酷な話です

「私がうつ病になったってことにするか?」
などと話をしたのですが、
私は、以前義母が歯の治療がしたいからうちにきたいと言った時、
先生と、そういうやり取りがあったということを
主人に話をしました

「そんなやりとりがあったんか!?」と主人はびっくり・・・


丁度、明日、私と先生との面談があり、主人は、
「先生に相談してみてくれ」
とのことなのでそうすることにしました


もしかして、今度は主人が 
”良い息子”の殻を取り払う時がきたのかもしれません・・・

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旧友 (またまた長文です ^_^; )

今日、中学校以来の友人から 
メルアド変更のメールが届きました

彼女とは、高校は別でしたが
なんだかんだとつながりがあり
今でも、家族ぐるみのお付き合いをしています

毎年、お盆になると私の実家で
彼女の家族を呼び
弟家族、弟友人家族などと集まって
大人数でバーベキューをして
近況を話し合うのがここ数年の日課になりました

おととしの夏、弟家族や弟友人家族は
すでにお開き状態になっていて
私たち夫婦と、彼女夫婦とで
一杯飲みながら話をしていたのですが、
彼女が私に説教を始めようとしました

その頃、長男が不登校になっていました
次男はまだ学校にいっていた状態でした

「親の態度で子は変わる」と彼女が言い出した時、
「あんたになにがわかる!」と私は怒鳴ったんです

もともと、彼女と私は姉と妹のような関係で、
いつも彼女が正論を言い、
私はそうやなぁと言っていたつもりだったのですが、
彼女いわく、「お前は、頑固や。」と
私のやることに一目おいていたんだそうです

彼女が、○○会という
自己啓発グループのような会に所属して以来
なにかと、その会で聞いてきたお話しを
さもありがたそうに私に話すので
益々私は彼女に対して意固地になっていたように思います
(ちなみに、偶然か、義母もその会に所属しています)

(また始まった・・・)と私は嫌悪感を抱き、
夫婦で私に説教を始めようとしたしぐさに
私は牙を向きました

(今まで私がどれだけ辛い思いをしてきたか、
あんたらは知らんはずないやろが!)と、
それはそれは腹が立ち、
彼女のご主人は、私の形相にとても驚いていました
彼女は、フンといった態度でした


(こいつには、なんもわからん!)と
とことん腹が立ったのですが、なんだかんだと、
お互いのダンナ同士も仲がいいということもあり
去年も同じく実家でバーベキューをしましたが
そのことについては一切、話をしませんでした


彼女から来たメールをみて、
いろんなことを思い出しました


彼女は、お兄ちゃん二人が優秀で、
自分は劣等生で、親の不公平な扱いに
怒り、反抗し、学校でも問題を起こし
停学をくらって随分と親に心配をかけ
わかってもらえないいらだちから、
随分とむちゃくちゃなことをした子でした

いつもトゲトゲな目をして、
私が彼女の傍に行っても
彼女は、(いたけりゃいれば?)
といった態度で、その反面、寂しがりで
とても情に熱く私は随分と
彼女のやさしさに救われたこともありました

彼女は来るものは拒まないけれど、
自分から人に寄って行く人間ではなく、
こちらから連絡してもめったに返事をかえさない子だったのに、
最近は、たまのメールを送るとすぐに返事がかえってきたり、
地震があった時などは、
「大丈夫か!」と即座にメールを送ってきて
(随分とかわったなぁ)と思っていました

そういう雰囲気をなんとなく感じていた私は、
今回の彼女への返信メールに、

「息子くん、高校入学おめでとう

うちの長男は高校に向けて気持ちを固めだしたよ
次男は、ぼちぼちやけどネットで勉強始めた
どちらも学校にはいってないけどね ^_^;

私も、カウンセリング(セッションのこと)を
始めたんだ

ずっと自分を否定してきたものや
自分自身に怒りを溜めこんで生きてきたこと、
浄化させつつあるよ

前の私だったら、
「は?わたしにはそんなもん必要ない!」って
拒絶してたからね

認める苦しみも味わったけど
家族の為に何より自分の為に私はやるよっ♪」

思い切ってこうかいたメールを送りました


もしかして、
「それなら(例の)○○会で一緒に頑張らないか?」
と誘われたりしやしないか?とか、
随分ともやもや考えもしたのですが、
数分もしないうちに彼女からの返信


「かんばれー (^O^)/ 

応援してるよ!!

今までも♪これからも♪
一緒に大人になろう 」

こんな返事が返ってきました

正直、私は彼女がこんな文章を私に送ってくることに
とてもびっくりしましたが、この返事を読んで
彼女のほんまに暖かい気持ちを感じられました


私が彼女に壁をつくっていたのかもしれない・・・
私が彼女にとげを向けて生きていたのかもしれない・・・

私が、自分の壁を取り除いて 彼女に
自分の話をあんなふうにしたことで
彼女がこんな返事をかいてくれたのかも・・・

自分の壁を取り除く

そして受け入れられる気持ちよさを
彼女の態度で感じることができました


~ M子 頑張ろうな♪ 一緒に大人になろうゼ  ~


ありがとな・・・
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おから (なかなかの長文です ^_^; )

20110419191709[1]

昨日は、夕飯のおかずにおからを炊きました
このおからは、義母が作り方を教えてくれました

買ってきたおからを、多めの油でじっくり炒めるのがコツで、
そうすることで、まめの生臭さが消えて、
豆独特の何とも言えない
甘みとコクが感じられるおからに出来上がるんです


わけあって、義父母とは、結婚して1ヶ月程度たったころから、
2年ほど同居した時期がありました

その間に、義母はおから以外にも、だし汁からはじまり、
ばらずし、高野豆腐の煮物、お好み焼き、たこやき、
おでん、豚汁・・・

いくつかの料理を教えてくれました

なにより驚いたのが、私がおでんをつくっていて、
どうにもこうにもあまったるいモア~ンとした味付けになってしまい
「うまいことでけへん~!」とぶつくさいっていると、
「ちょっとみせて」と義母が台所のお鍋をのぞき、
なにやらちょこちょこっとしたあとに、
「zukamamaちゃん、味みてみ?」と味を見た時のあの驚き!

(これがさっきまで私が作っていたものか?)と
思うほどの味の化けようでした

「煮物には、少しだけ塩をいれるねん
ほんなら、砂糖の味を引き締めてくれてな おいしなんねんで」と
教えてくれて、それ以来、私は煮物の味付けをするときには、
必ずちょっとだけお塩を入れるようになりました

義父も義母も、それはそれは私を可愛がってくれて、
私が仕事から2時間ほど帰るのが遅くなった時など、家に帰るなり、
「心配しとったんやで~ なにかあったんちゃうかって、
今、おとうちゃんと、zukamamaちゃんの会社に
問い合わせの電話しようと話ししてたところや」と、
言われた時には、
一人暮らしの頃、しょっちゅう平気で朝帰りしていた生活とは
比べ物にならないほど
胸のじ~んとあったまる思いをしたことを思い出します


丁度、同居している間に、長男も生まれたのですが、
長男が生まれると、そんな暖かい関係も一変してしまいました

当たり前の話なのですが、長男が我が家のヒーローになり、
私はすっかり蚊帳の外で、
長男と二人っきりになれたのは、おっぱいをあげられるときと
お風呂に入るときだけになりました

そのおっぱいすら、義母はまどろっこしかったのかして、
「そろそろミルクにしたらどうなん?」と言われ
腹を立てたことをおぼえています

お風呂にしても、私がいつ長男を洗って、ゆすいでと
私のやることをお風呂の外で耳をすませ、
上がる頃にはバスタオルをひろげてたって待っている状態

丁度、長男におっぱいをあげているときに、
「zukamamaちゃん、
ほら、おからはこんぐらい炒めた方がええねんで」と
勝手に部屋にはいってきて、
私の顔とおっぱいを飲んでいる長男の間に
アツアツのフライパンをつきだした時には
(このクソババア!)と真剣に腹が立ち、
主人にないて訴えたことをおぼえています


りんりんさんの書かれた、
【人と人を分断する仕組み】を読ませてもらって、
(ああこれだったのか・・・)と
今、子供たちが不登校になっているわけを
嫌というほど思い知らされました


私は、常に愛情に飢えていました


実家庭では、家族みんなが弟を可愛がり、
私は弟の面倒を見てやる人間という扱いで、
弟に何かがあったら私が怒られました

一生懸命、親に認めてほしくて頑張っても、
弟のちょっとしたことで帳消しにされました

弟は真面目で、
親や祖父母を困らせるようなことも言わないし、
家の農家の手伝いやゆきかきの手伝いも
とてもよくしていました

弟が、手伝いをしている間でも、
私は、友達と遊びに行ったり、
家で漫画を読んだりしていました
そして、疲れて帰ってくる親に怒鳴られていました


やっても、やっても、頑張っても、頑張っても、
誰も私を見てくれない・・・
誰も私を褒めてくれない・・・

私を見てくれるのは、私が悪いことをしたときだけ、
私がいけないときだけ・・・

そんな寂しい、孤独感、虚しさを抱えたまま
おおきくなってしまったことで、
主人と結婚した時、義父母に大事にしてもらえたことが
天にも昇る気持ちだったんだろうと思います


「zukamamaちゃん、長男にはもうミルクでえんとちゃうの?」

「zukamamちゃん、いつになったらまた働くの?」


義母からすれば、私の子育てを軽減してやろうとか
若い間に働いておいたほうが、子供が大きくなったときに
ちょっとでもお金に余裕できたほうがいいからという
義母の言葉は私の頭には残っていませんでした


(また捨てられた・・・)

無意識の中で、私はそう思ったのだと思います

私は意地でも、おっぱいをやめませんでしたし、
働きになんて絶対いくもんか!と絶対働かなかったし、
長男が3歳になったら、すぐに幼稚園にあずけました

義父が闘病の末、亡くなり、義母が空虚感や看病疲れから
我が家に長い間いるようになり、
私はどんどん、独裁者になっていきました

義母は寂しさから、私にどんどん依存してきて、
私を自分のものにしようと、私のママ友関係すら
やきもちを焼くようになっていました

それは、ある意味私にとって
気持ちのいいものだったんじゃないかと
今なら思えます
(ほら、私がいないとダメでしょ?)と・・・

主人は、
私が義母と仲良くすることを喜んでいたように見えたし、
ただ、唯一、祖母が私以外に目を向けるのが長男で
だからこそ、長男を私にとどめておく必要がありました

祖母だけではありません

実母だってそうです

親戚だって、当然主人だって

それこそ、ベビーカーを押して歩いていても
近所の人だって、スーパーにいったって
ちょっとした芸能人に負けないくらい
声をかけられます

みーんな私を通り越して長男を見ています

あの頃と同じように・・・

弟の面倒をみさせられているあの頃の私のように・・・

私がこの子を産んだの
私がこの子を育ててるの
私の子なの


私を見てほしい 私を褒めてほしい 
私を認めてほしい 私を愛してほしい!!

私をみて!お願い!

私をほったらかしにしないで!!!


そんな気持ちから、私はいつも長男を傍に置き
私の存在意義、
他の人には絶対入り込めない領域をつくって
私を通してでないと長男とコンタクトを取れないシステムを
作り上げていったのだと思います


これは、対主人、対次男にも
きっちり当てはめられるシステムです

私の小さい頃に培った、人の心を読むアンテナ
即座に自分の存在意義を相手に知らせる信号

そんなアイテムをつかって
私を通らないと、コンタクトとれないようにして、
家族の心の手足(自由)をもぎとってしまいました・・・

今、子供の小さい頃の写真をみると
罪悪感で一杯になり、じっくりとみることができません


私はこんなに悪い子なの ごめんなさい ごめんなさい

でも辛いの 
だれか!だれか!私を助けて 誰か!私を慰めて!


そんな甘えが許されないこともセッションで教わりました


私の寂しく虚しい心を見つけてくれて、
しっかりうけとめてくれたりんりんさんと
前を見て歩けるように
光りをかざしてくれるきんたろうさんのおかげで
一人で歩く力を与えてもらえたように思います

そして、えっちらおっちら歩き出そうとしたときに
がんばろね~って
ともに歩んでくれるあなここのみなさんと知り合えたことで 
自分から歩き出す力や受け入れてもらえる喜びと
そして受け入れる力を教わったように思います

・・・虚しさ 寂しさ 怒りを乗り越え
心を 家族を 緩和させて 歩いてきたい・・・

ひとつ、自分のしおりとして
自分にとってにがーい思い出のいっぱいつまった
このおからの写真とともに
思い出話をブログに載せさせてもらいました



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わかんなくてもいい

長男に、
「あのさ、掛け算のひっさんでつまづいた?」ときくと、
「う~ん、1の位でつまづいた。」と長男

え!? 1の位?

長男は、掛け算の九九でつまづいたと言いたかったようです

「なんで、そんなこときいてくんの?」

「う~ん 次男が、掛け算のひっさんわかれへんって
昨日こまっててん。」

「ふーん」


「あのさ、おれ、4の段はそんときになんとかクリアしてんけどな
7が、ずーっとつまづいたまんまやってん

でも、まあいいかってすごしてたら、割り算がはじまってさ
そーなると、どうにもやらないとあかんようになって
ついでに考えてみたら、案外わかるようになったで。

つかさ、俺 次男のわからんところ自体、
わかってるかどうか わからんけどな~」と長男



そうなのか・・・


でも なんか次男と違って長男に余裕を感じるのはなぜだろう・・・

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わからないことがわからない

この頃、ネットで勉強を始めた次男

学校に行かなくなった頃の学年から始めているのですが、
社会 理科 英語は、
すぐにわかったようであっという間に、
随分とクリアしていました

できると楽しいのか、
昨日は朝からやっていたのに、
夜中に、ちょこちょこと私たちのいる部屋に出てきて、
「おかーん、僕、今何やってると思う~」と
にっこり笑って言うので、
「さあ、ネットゲームかなぁ」と答えると、
「あれ。あれ。」


!?

あとで、経過をみたら、
夜だけで2時間近くやっていたようでした

で、ここは褒めどころなんですが、
次男は、絶対途中で終わらせるのが嫌!というタイプ

私や長男は、ある程度わかったら次!次!
というタイプなのですが、
次男は、最初から最後まできっちり終わらせないと
次に行きたくないというかいけないようです

なんと、あの、大嫌いな算数に手をつけていたようで、
ちらりと覗きに行くと頭を抱え込んでいました

ひっさんがわからないということで、
とまっていました


ここで私のおせっかいがむくむく・・・


「じゃあさ、簡単に考えてみようや」と
私が次男のマウスをさわろうとするのですが
次男は絶対放さないんです

嫌なんですよね

自分が最初てをつけたことを、人に渡したくない

次男は、時間がかかってもいいから
1の位をかける分だけ足して、
10の位をかける分だけ足して、
それをまた足したところに、
0を付け加えようとしたようなのですが、
とんでもないコツコツ作業です

ここで、黙っておればよかったのに
「ほら、おかあさん 良い方法しってるから」と
つい、余計な口出しをしてしまいました

おまけに足し算間違えてこたえ入力したから 
×ってパソコンにされるし・・・ (T_T)

ここでは、次男 とっても嬉しそうでした ^_^;


次男なりに、納得行くまで計算して
「ああめんどくさい!もっといい方法ないのかな?」
ぐらいになるまでやらせるだけやらせて、
本人に考えさせればよかった・・・


焦っちゃったなぁ


「ぼくは、計算がおそいねん。
こんな計算のやりかた、いみがわからん
こんがらがってしまうねん!
疲れた、も~う疲れた」と
途中で辞めてしまい・・・泣いていました・・・


悔しかったんだろうな

あんなに理科や、英語や、社会はすらすらとわかったのに、
算数になるとこんがらがってしまって・・・


次男が一体どう意味がわからないのか
私は全然わからなくて、
少しでもできた楽しさを感じてほしいと焦ってしまいました

そうか~ わかんないんだねぇ~って
どんなとこがわかんないんだろう?って次男の歩みに寄り添ってやれば
ああでもない、こうでもないと
次男なりのペースで積み重ねて行けたかもしれないのにな


失敗した~  
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お弁当

3月に入った頃から、
主人が毎日お弁当に手をつけずに帰ってくるようになりました

理由は、「忙しいから」

7年前、うつ病になったころの主人も同じように
「忙しいから」と、お弁当にてをつけずに帰ってきていました

その頃の私は、(せっかくつくってるのに!)と腹が立ち
「ちょっと!
私、お父さんの会社にお供えつくってるわけとちゃうで!」と
怒り、主人はむっつりと、黙ったままでした

今回も、
(またあのときみたいにうつ病がひどくなるんじゃないか)と
不安だったし、なにより、毎日、毎日、
一切てをつけられないお弁当箱を開ける虚しさ・・・

「ちょっと、まぢ~」と一度言ったことがあったのですが、
「しゃーないやん!」と言い返されました

主人は、そうやって弁当も食べずに頑張っている姿を
わざと上司に見せているんじゃないかと
そんな気もしていました

そういう自虐的な形で、上司に
アピールするのもどんなもんかと思いはしますが、
そのことで、私が家でガミガミいったのでは
主人も辛いだろうと思って、
(それならそれで、私ものっかっちゃえ)と、
一切なにもいわなくなりました


今朝、お弁当を作りながら
「そうそう、おとーさん。11日と14日は、
会社でお弁当出る日だったよね?」と聞くと、
「うん。」と主人

「んじゃその日は、お弁当いらないね~」というと
少しして、
「いつも 作ってくれてるのに ごめんな 俺 食わんで」

えっ!?

(主人がこんな言葉を私にかけてくるなんて!)
と、とても驚きました

「ほんまはな、割り切って食おうと思ったら 食えんことないねん」


「でも、 時間がもったいないねん 気になってしゃーないねん」


そうなんだね~

・・・今までの主人は、
(俺はいつもたいへんなんだ!)という感じで
私の言葉の攻撃に備えるような態度をとり、
こんな風に、本音をいってきたことがありませんでした

今回の主人の言葉が、
私に対する壁を取り除いてくれたような、そんな感じがしたんです

今までの私は、主人に対して
とげとげな気持ちで接していたんだなぁ・・・
そう気付かされました

「ま、気が向いたらたべて~」と
主人の通勤かばんにお弁当を入れておきました


おとーさん いつもいつも お仕事ごくろーさまです アリガトネ~ ^_^

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長男の担任

数日前、長男の担任から電話がかかってきました

「今年も、長男君の担任になりました~」

この担任は、1年からずっと担任をうけもってくれています

最初のうち長男は、担任と顔をあわせようともせず、
半年近くは門前払い状態でした

でも、先生は根気よく
「またきます~」とかえって行かれました

その先生の熱意が伝わったのか、
長男はすこーしずつ、
担任と話をするようになり、2年の終わりごろは、
私が仕事でいないときでも、先生を家に上げて、
随分と長話をするまでになっていました

2年が終わる頃には、
「担任が変わるのが怖い」と
長男がものすごく気にしていて
でもこればっかりはどうしようもないからと
あえて何も言わずにいたのですが、
担任が同じになると聞いて、長男は上機嫌

今日いろんな書類をもってきてくださったのですが、
長いこと色々としゃべっていました

「そうそう 3年になったから、また調査票かきこんどいてね」と先生

「つかさ、うちから学校までの地図とか
俺、学校いけへんのにいらんやん」と長男

「なんで~!!先生、迷子なったらどうすんのよ!」と先生

「ええええええ~」と長男 絶叫

みんなで大爆笑


用意していた、ショートケーキを
先生は、「美味しい美味しい」と
喜んで食べてくれました

「これさ、おとんが小さい頃からあるケーキやさんやねんで」と長男

「え~ そうやったん?なんかすごいなぁ~」と先生

またまた話が盛り上がる~ ^_^


1年で担任になった頃の担任は、
合えば「頑張れ、頑張れ」といってきて、
困ったなあと思っていたのですが、
今ではうまいこと長男の話し相手をしてくれて、
なんと、今度賭けをして、
負けたら宿題をさせられることになりました ^_^;

長男は、
「おれは、先生をはめようと落とし穴ほったはずが
飛んでる蝶にめをとられて、俺が落ちてしまった感じがする
おまけに、穴が沼になっていて
どんどんとのめりこんでいってるや~ん!」と
先生に訴えていました

「しらんわ~
先生、なんもいうてへんで~
長男君が、勝手に落とし穴におちてるだけや~ん」


「先生、ひで~~~!」


^_^;

楽しそうで よろしいなあ~
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かえってくる

今日、長男に
「これ、やっといて」と用事を言われました

え・・・それ、長男の目の前にあるものやん
私は、それよりも離れた所におるやん・・・

「ちょっとぉ~
なんで遠くにいるおかあさんが、やらんとあかんのぉ?」というと
「やっぱあかんか~ なんだよちくしょ~」と
ふざけて笑って言っていたのですが
ふと、きのう、ピグであなここメンバーさんと
自分が子供にやったこと、あとでかえされるという話をしていたことを
思い出しました

「あのさ、おかあさんさ
結構そういうことやってた?」と聞くと


「ゆーとった、ゆーとったー 特に学校のことな
ああしろ こうしろってな めっちゃ、ゆーとったでぇ~」と長男

・・・そうか そうだったなぁ・・・

自分の事棚に上げて、ああだこうだといっちゃうんだよね~って、
ピグともさんとも話ししてたけどほんまそうやったわ

そんなふうに言われたら、そりゃ嫌だっただろうな・・・

ましてや、学校のことでなんて
自分で自分なりにやりたかっただろうに

私の遠隔操作、頑張ってやりこなしてたんだろうなぁ・・・

長男の気持ち、めっちゃわかったよ

ごめんなぁ




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Author:zukamama
夫がうつ病になり、わが子が不登校になったことから、自分の生きづらさが関係していることを知り、回復に向けてやってきたこと、きづいたことを書きづつっています

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