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子供にゴメンと言えること

クリスマスイブの日のことです

仕事から帰ってくると長男が嬉しそうに私を呼ぶので
行ってみると、
長男がずっとほしがっていたゲームソフトの日本語吹き替え版が
今注文しても25日に届くというサイトをみつけていました

すでにこのソフトは、
10日ほど前に注文してあったのですが、
入荷次第発送となっていて
クリスマスに届くのを諦めていた商品でした

「おかん。ちゅうもんしていい?」

これは、もう1ヶ月以上前から欲しがっていたもので
そんなにほしいのならと「良いよ」と答えたのですが
その前に、他で注文していた商品をキャンセルさせてほしいと
待ってもらいました

ところが、私が注文のキャンセルをしている間に
長男が見つけた商品は売れてしまったようで
また入荷待ちの表示が・・・

長男は、泣き出しました

(そんなゲームごときで・・・)
今までの私なら怒鳴って怒っていたところです

でも、私からすれば意味のわからない
くだらないものに見えるかもしれませんが
長男はそれが発売されるのを待ちに待って
やっと手に入ると思ったら入荷待ちで
諦めていたものが手に入るとわかった時の幸せ感・・・

それはそれは嬉しかっただろうと思います

そして、その嬉しさから、
奈落の底に突き落とされたような絶望感・・・

子供の頃の私になり
じっくりとその心境を感じてみると
母である私に対して悔しさや怒りを感じられました

謝ろう・・・

そう思い、謝りました

長男は、一瞬泣くのを辞めましたが
今度はどんどん泣くのが激しくなりました

ダムが決壊したような泣き方になりました

私は、心から謝りました

長男に喜んでほしかったし、手に入れてやりたかった
お母さんの判断違いで、せっかく手に入れられるはずのものが
手に入らなくて心から残念で申し訳なく思っていると
何度も何度も謝りました

長男はずっと泣いていました
いってはいけないような、ありえない言葉まで吐いていました

その言葉が心に突き刺さり
悲しさ以上に怒りまでこみあげましたが
ただ謝りました

そんな状態のときに、長男の担任から電話がかかってきて
家に来ていいかというのです

とりあえずOKを出したのですが、
こんな状態できっと長男は先生とは合わないでしょう
正直、担任が来ることなんて
もうどうでもいいくらいに思っていました

それよりも、どこかでそのソフトが手に入らないかと
ネットで調べて手当たり次第に電話で問い合わせました

すると、車で30分ほどの所にあるというのです

私は、かばんと車のキーを持つと、
長男に「買いにいってくるから留守番たのむ」と言いました

この日は、着払いで宅急便が届くことになっていたし
次男の注文したゲームソフトも届きます

長男の担任も来られます

「できるな?」

長男に言うと、さっきまでさめざめと泣き崩れていた長男が
「うん!」としっかり返事をしてくれました

次男も、宅急便用のハンコを握っています

「たのんだで。」

そういうと、二人は元気に「行ってらっしゃい」をいってくれました

イブということもあるし、月末、年末、週末
おまけに帰宅ラッシュもかさなり道路はとても込んでいました

とろり、とろりとしか車は動きません

やっと到着したお店でソフトのおいてあるところを
店員さんに教えてもらうとなんと・・・

字幕版ではないですか・・・

どうしよう

字幕版はずっと前から発売されてたもので
長男のほしいのは、日本語吹き替え版です

家に電話をすると、長男が出ました

「ごめん。字幕版だった・・・」

先生が来られていて対応している途中だったようで
本当なら残念な気持ちから色々いいたかったのでしょうが
「おかん。電話で問い合わせた時に
吹き替え版かきかんかったんとちゃうか?」と
落ち着いた声で言ってきていました

「もうちょっと探してから帰る。」と電話を切り
他の店に電話で問い合わせました


あそこはむりだろうな・・・と
勝手に思い込んでいたお店にダメ元で問い合わせると
おいてあるとのこと

字幕版じゃないですか?吹き替え版ですか?と私・・・

吹き替え版だと確認して、急いで移動するのですが
またこれが、ものすごい渋滞

やっと手に入り、家に電話すると
長男が一瞬黙りました

「おかん。ないてもいいか。俺、チョー嬉しい。」
と長男

先生はときくと、帰られたとのこと
当たり前だよね・・・
担任が、学期末の書類持ってくるっていうのに
それよりも子供のゲームソフト買いに行くのを優先する親って
どうよと思われたでしょうが、
先生どころではありませんでした

家に帰ると長男の嬉しい顔と裏腹に次男が曇り顔

聞けば、宅急便やさんがきたのだけれど、
3つある荷物のうち1つが見当たらないというんです

そうです
次男のゲームソフトだけがどこに行ったか
伝票はあるのに商品がないと
何回か家に確認しにきたんだとか・・・

エエエエ・・・

せっかく長男のものが手に入ったと思ったら
今度は次男・・・?

もう外は真っ暗

チキンをかってケーキもかって
zukapapaも帰ってきたので
あったかい部屋でみんなで食べるのですが
次男はため息ばかり・・・

そうだよな・・・

次男だってずっとまってたんだもの・・・

「早く24日こないかな~」

何度次男の口から聞いたことか・・・

もう8時を随分と過ぎた頃、玄関のベルが鳴ります

「ありましたか?」と言いながら出て行くと
さっきまできていた宅急便のおじちゃんとは別の
いつもの宅急便のおにいさん

宅急便やさんは忙しい時期なので
ヘルプで入ってもらっていたおじちゃんは
いまいちわかっていなかったようで
いつもの宅急便のおにいさんは
長男の待ちくたびれた様子を汲みとってくれて
「ごめんな。ほんまごめんな。
これを先にもってきてあげたらよかった。
ずっと、まっとってくれてんな。ごめんなぁ。
サンタのおじさんちゃうけど、はい、プレゼント。
メリークリスマス!」と次男の頭をぐりぐりなでて、
何度も私に頭を下げて帰って行かれました


我が家にまた温かいあかりが灯りました


「おかん。
気分が違うと食べるもんの味もこんなにちゃうんやなぁ」と
さっきまでぽつりぽつりとしか食べていなかったチキンを
バクバク食べだした次男

ほんまに・・・
私も、何食べてても味がしなかった・・・


「こないださー
2ちゃんねるで読んだんやけど、
ミニストップで注文した商品を待ってたら
”骨なしチキンのお客さま~”って呼ばれて
暴言を吐かれたようにしか思えない
ってのがあってん」と長男



家族で大爆笑


こんなに暖かい
クリスマスイブを経験したのは初めてでした




親が子供の気持ちをきちんと受け止めて
ゴメンと謝ること

それは子供の気持ちを
きちんと受け入れてあげて
温かく包んでやるということなのかもしれません

これに代償できるものはないでしょう

今まで私はそんな大切なことを
子供に対して誤魔化してきていました

長男の・・・そして次男の
こんなにも生き生きした顔を見ていると
大切なことだったんだとつくづく思い知らされました




あとで長男がぽつりと私に言ってきました

「先生、クリスマスカードくれたで。」

みれば、
”ゲームはクリアできて
新しいゲームを買ってもらえることになりましたか?(笑)”
と、記入されていました

今まで担任が何度も足を運んで持ってきてくれた書類は
知らないうちに目の届かない所に消えてしまっていますが
担任のくれたクリスマスカードだけは
いまだに長男のパソコンの横におかれてあります


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生まれなおし

23日、
今年最後のりんりんさんとのセッションでした

今回、私の心のポジションが
悪くなったり 逆に穏やかになったり
というような その瞬間の感情を
心で 感覚で どうどらえるのか
とても参考になるセッションになりました

今回のセッションで
最初のうちはものすごく温かい気持ちになり
(ああ、これで温かい気持ちのままにお正月がすごせそうだ)と
柔らかい気持ちに包まれた状態だったのに
りんりんさんの言葉(不快ワード)に
どお~んと落ち込んでしまいました

そのときに沸き起こったザワザワ感
心がざーっと冷たくなる感覚を感じ
それはもう天国から地獄に落ちたかのように
温かく包まれたような幸せな気持ちが
どんどん寒くなっていき

せっかくあったかくて良い気持ちでいられたのに
どうしたらいいの?という不安から
りんりんさんになんとかしてほしいという気持ちが
むくむくとわいてくるのが感じられました

りんりんさんの言った言葉で私は落ち込んだのよ
どうしてくれるの?早くなんとかしてよと
私の中の子供の部分がどんどん不安になって怒りだします


ちょっとおかしな表現になってしまうかもしれませんが
子供の部分の私は
傷ついてどんどん不安や怒りや不満が膨らんでも
その不安を包み込むような優しさを感じた記憶のない私は
親の部分の私が止まったままで何にもしてくれず
不快な感じをどうにもこうにも子供の部分の私は対処できず
それを解決するのに周りの人間を必要としてきていました

それは主人だったり
はたまた我が子や義母
他に友人や職場の人など自分の周りにいる人間に
自分の不快な感じを対処してもらえないかと
求め続けて生きてきました

家族や親せきに対しては
絶対私を肯定してくれないと思い込んでいました

それはおそらく自分が小さい頃
不快ワードを感じられた時に
うまく対処してもらえなかった
あるいは対処してもらっていたにもかかわらず
気付くことが理解する事ができずに
ずっと私の中でくすぶっていたのではないかと
いまさらながら思うのです

いつも対処を周りに求め続けていた私は
ぶれにぶれて生きていました

周りの対処が自分を元気にしてくれた時には
自信が湧いて高慢でガツガツした私に・・・
逆に対処が自分を落ちこませた時には
不安でボロボロ感まるだしの私に・・・

そうやって傷つき
自分の中に基準がなくなり 益々人を信じなくなり
その時その時で自分がコロコロかわり
なにもかもが相手次第の張りぼてで
メッキだらけで
自分の中に核になる部分を見ようとしても
いろんな人の対処がバラバラに散らばっているだけで
その中の何が自分なのか自分でもわからず
答えが見つからないまま
この年まで生きていたんだと 気付くことができました


そんな子供の部分をみつけることができたので
私は親の部分の私となって
ちょっとおいで
ちゃんと抱きしめてあげるから
大丈夫 守ってあげるから
絶対 まもってあげるからと自分に言い聞かせました

今までセッションのなかで
私がうけた温かみを真似してみたんです

私の中の親の部分が
不快ワードに対して怒りを表したことで
私の中の子供の部分が
今までだれも振り向いてくれなくて
地団太踏んで不安になってパニックになっていた私が
おや?という感じになり
呪文を唱えるように守ってやると言うと大人しくなったんです


自分で(なにやってんだろう)という気持ちはあったのですが
”得たものは失われることはないよ” と
りんりんさんに言葉で寄り添ってもらえたことで
恥ずかしくない 今 自分を救ってやれるのは
自分しかいないと自分に言い聞かせ
もう りんりんさんの言葉が目に入らないくらい
自分を温かく守るのに夢中になっていました

そうすることで
父にいってもらったあったかい言葉
母が私を思って涙してくれた姿
次から次へとあったかい記憶が
溢れ出してくるのがわかりました

私が私の親となって子供の部分の私を抱きしめてやることで
ふと顔をあげると優しい笑顔の父と母が立っていました

今まで
睨むように私をみていた父の目が
にっこりあったかい柔らかい優しい目に

私を嘲笑するような母の目が
優しい温かい笑顔の目に変わっていました

そして父と母の間に私は温かく包まれていました



今まで 私の中で りんりんさんは おかあさんでした
きんたろうさんはおとうさんでした
お二人は私を不安から守ってくれる親でした

でも、今回のセッションで
りんりんさんはおねえちゃん
きんたろうさんはおにいちゃんになりました

なにかあっても一緒に見ていてくれる
あったかく傍に寄り添ってくれる 
兄弟のような感覚になりました

それは私の中に
いつも私の中の子供の部分をまもってやれる
親の部分ができたから・・・
私の 父が 母が きちんとできたから・・・



りんりんさんに素敵な言葉をもらいました

”過去は変えられないけど
今が、変われば過去への 意味が変わる
今まで、見えていたものとは違った
姿として 新しくなる・・記憶

生まれなおし・・・

過去の意味が変われば
今の自分の存在の意味が ちがってくる
いても、いいんだ
生きていていいんだ
ちゃんと、愛されていたんだ
確かに、生まれた意味が あったんだ
自由になっていいんだ
私は、私で、いいんだ
そう、変わっていくよ

だから・・・ 過去の意味が変わらないままで
そのままで、いいと 言われても、それは、違うんよ

理論も大事
でも、過去の意味が変わったときに
はじめて、それが、活きる”


私はこれから、この心の温かみを
しっかりと自分に刻みこんで
自分の中の子供の部分を守ってやりたい

そして温かみを伝えていける人間になりたい

そう強く思いました



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自分の中の子供に・・・

昨日、実弟から電話がかかってきました

お正月の件で話したのですが、
他にも、子供たちの様子を聞かれ、
それなりに説明したのですが、
「ずっと家にいるんだったら、せめてドリルを
1日1枚でもやらせるとかするっていうのはどうなん?」と
提案されました

私の心境や、子供たちの心境に配慮を感じられる声かけが
あとで付け加えられてはいたものの、
実弟からの電話を切って以降
私の心はいろんなザワザワが吹き出していました

実弟の後ろに母の姿を感じ、親戚や世間の目を感じ、
心が冷たくなるのがわかりました

温かい灯り 温かい灯り
そう自分にイメージさせようとするけれど、
いかに自分がダメな人間かを
確認するかのように
心に冷や水をあびせかけるような思考が
どんどんわき出してきます

そのザワザワが顔や態度に出ていたようで、
主人や子供たちが私に気をつかっているのがわかり
益々私は気持ちが貝のようにこもり
私にかまわないで!と、拒絶しました

不機嫌なまま布団に入って寝て
朝になってもまだモヤモヤしていました

仕事から帰ってきて
不貞寝してやろうかと思っていたのですが
もしも、今の私が 自分に対して
元気になるような声かけをしてやるとしたら
目の前に小さい頃の私がいたとしたら
どう声かけしてほしかった?
そう思ってみて、元気になれそうな言葉かけを
自分自身にやってみました


あなたはずーっと我慢してたじゃない

いつも怒られてばっかりで辛かったよね

本当はもっと認めてほしかったのにね

みんなのこと考えてやってたことなのにね

だあれも見ててくれなかったねぇ

一人ぼっちで辛かったね

いいよ、いいよ
ちょっとぐらい言いたいこと言ったって

我慢しなくていい

あなたはあなただよ

大丈夫
私がみていてあげるからね

大丈夫だよ


そう心に念じてやると、
不思議と今まで叱られ続けてきた言葉や
自分をネガティブに落としこめる思考が
すーっと消えて行く感じがしました


何をバカバカしい

そんなおまじないみたいなことで
なんとかなるわけない

弱い人間だな

そんな風だから
すぐに人の言葉に惑わされるんだよ

もっと強くなれよ


そんな否定的な気持ちも、

バカじゃないよ

そうまでしないと
不安で仕方ないのがわからない?

もっと頑張っているところ
認めてやったらどうなの?

この子は弱くないよ
ずーっと一人で背負ってきたんだから
これ以上強くなれってそれは酷すぎるよ

そういって自分の中の小さい子供を
守ってやりました


りんりんさんに
「あなた、よく今まで死なずに生きてきたね」と
声かけしてもらったことがあります

その頃は、まだ
自分が自分のものじゃないような状態だったから
(え?う~ん。そうなの?)
みたいな、人ごとのような感じだったけれど、
りんりんさんとのセッションで、
自分を自分のものにできた今、
今までボロボロになって傷ついて
それに気づくのが辛くて気付かないふりをして
それでも必死で
今の家族を温かい光に包もうとしている私に対して、
もう否定するような思考は必要ありません


長男や次男を守るように

そして主人を守るように

私の中の子供を温かく守ってやりたい

寒い冷たい心の中に
一人ぼっちで放り込まれないように・・・

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これからどうしたいのかのステップとして・・・

もともと、私は12月になると
心が不安定になります

普段から、誰かにせかされているような
そんな感覚があるのはあるのですが、
年末になると、主人の親の家や
実家(あるいは実弟の家)に行くことが頭から離れず
それまでになにをしないといけないか・・・
そんな感覚が抜けきれず、ひどいと夜も眠れなかったり、
寝ても嫌な夢ばかり見ます

この感情のスタートは、
どちらかの母の電話で始まることが多く、
今月初めに、実母と電話で話をして
ものすごく気持ちがざわつき、
この間は、義母から電話がかかってきて
また気持ちがざわつき
何をしていても二人の母の目が光っているきがして、
あれもしないと・・・これもしないと・・と
頭では色々思うのですが、体が重く、
それがイライラやヒステリックにでてしまい、
家族が私に気をつかわないといけないくらいなところがあります

年末年始では、おそらく、
義母の所に行けば、子供のことを詮索され、
主人のうつのことで色々さぐられ、
義母のギラリとする目から
ビクビクと逃れつつ、色々言い訳するでしょう・・・
挙句に義兄の愚痴やら
会ったこともない義母の周りの人間の噂話・・・
良い嫁でいないといけないと
自分を演じている私には、
聞くという行動しか許されない
あのなんでも見抜こうとする義母の目から、
機関銃のようなトークから
逃げ出せない・・・

義母に
気力も精力もすっかりすいとられた状態で
実弟の家に移動すると、
そこには実母と実弟家族のあったかい空間が・・・

私はどうあがいても、その空間には入り込めない
母と実弟のふとーいきずなのようなものを
意識せざるをえないし、今では、義妹や、甥、姪と、
私の前には何重ものハードルが並んだ状態で
どんどん遠ざかる母を見て
母の心に私の居場所はないんだと
虚しい思いを何度も再確認する羽目にあい、
実弟の甘えに、おねえちゃん
はたまた、母親役あたりまでに戻ります

もしかすると、今年のお正月は
実母の母にもならないといけないかもしれない・・・

そんなことを考えると、
どんどんねばならないみたいな
年末年始のプレッシャーや
どうせさみしい思いしに行くだけやのにという
心がさむーくなるような状況に押しつぶされそうになり、
気持ちがささくれだって、
なんの罪もない子供に八つ当たりし、
家のなかのいろんなものが
私になにかを語りかけてくる感じがするし
毎年、毎年、12月は情緒が不安定な月になり
1月はどっぷり凹んだ月になります


今まではわけもなく不安で
もっと焦っていたし、もっとイライラして、
もっと不安定だったのが、こうやって文章に書けることで、
自分が感じ取っていることを意識できるし、

セッションの中で
心に温かい灯りをともしてもらえたことを
気付くことができたことで、

ガクリと気持ちが落ち込んだり、
そわそわ気持ちが落ち着かなかったり、
不安に付きまとわれることに対しても、

その気持ちをもとに戻すパワー(灯り)が
ちょっとだけついたんじゃないのかと
自分なりに確認できているようにおもいます

私は、その確認できていることに酔っているだけでなく、
この年末年始で、なにがあって、
どう感じたのかしっかり意識して確認し
私の灯りで、その気持ちを温かく包んでやり
救って行ってやりたいと思っています

そう実践することで
自分の中の不安な子供を助けてやれるんじゃないか?
そうすることで、前回書いたこれからの自分に
近づいていけるんじゃないか・・・

そんな風に思って、今から温かいパワーを
おなかの底にしっかりと集めておきたいなぁと
思っています


正直、遠くのビジョンは今の私には
うまく見通しがたてられませんが、
そういう見通しをたてる基盤として
今年の年末年始を、
いままで不安でビクビクしていた私と違う
安定して今の自分を意識できる状態で
過ごしてきたいと思っています
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これからの自分

前回のりんりんさんとのセッションの時に、
ひとつ山を越えたと言ってもらえたのですが、
それから私はどうなっていったのか、
ここ数日のブログにも書かせてもらい、
あたたかい灯りを胸にともしてもらえたことで、
私の普段の生活も
今までのピリピリしたような雰囲気から、
随分と穏やかな空気を
漂わせることができているようなきがします。

おまけに、今朝は主人からおもいもよらない
温かい言葉をかけられ、
あぁ、主人は私に振り向いてくれたと
とてもうれしい気持ちになりました。

主人がうつ病になってからというもの、
主人はずっと私や子供たちに背を向け、
自分の心に閉じこもったままで、
弱い自分、情けない自分、なんでだ、
何でおれは○○なんだ
こんな俺みたいな人間は生きている価値がないと、
前回ブログに書いた患者さんのような状態で、
周りで一生懸命お父さんに気遣いしている
子供たちや私のことなど、
全く目に入っていない状態でした。

そんな主人が、自分の優先順位をを崩してまで、
私の心情に配慮し、温かい声かけをしてくれたこと、
これは、結婚して初めてと言っていいようなほど、
温かく心のこもった言葉かけでした。

どんな高価なプレゼントよりも
私にとってはとても嬉しい言葉でした。

こんなふうに、家族がかわったのは、
私にきんたろうさんとりんりんさんが
心の灯りをともしてくれたことで、
それがなんとなく主人にも伝わって
そういった言葉かけを
してもらえることになったのだとしたら、
これは、すごいことじゃないかと思います。

今日の夜に、今朝の主人の言葉かけが、
とても嬉しかったと主人にお礼を言いました。

そして、私は孤独だったと・・・
ずっとあなたは自分の殻に閉じこもりきりで、
私はそんなあなたの顔色を見て生きていたと告白しました。

主人だけじゃない、家族に対しても、
顔色をみてはハラハラ、オロオロしながら
生きていたと・・・

でも、今日、心のこもった温かい一言を聞いたことで、
私はとても幸せな気持ちになれた、
あなたはもう自分の殻に閉じこもらず、
私たちを見てくれている。

それがどんなに私にとって安心できることか

主人はだまって、穏やかな笑顔で
今までなら、私が話しかけても、
いつもテレビを見ながらテレビと私の話を
半分ずつぐらいでしか聞いてくれないのに、
音声を消して、私をまっすぐ見て聞いてくれました。

またこれが嬉しかった・・・

私も同じように、主人に温かい言葉や視線を返したい

そして子供たちにも返したい


今日はそんな気持ちになりました。

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生きている意味

昨日、仕事をしていて
ある患者さんと先生の会話に耳がダンボになりました。

その患者さんはわりと人懐こい感じがあったのに、
この頃、どうも顔色が芳しくないなぁと思っていたのですが、
「息だけして生きてるなんて、そんなの生きているいみがない!」と
先生に愚痴られていました。

事の始まりというのが、
先生が、「もっと体を休めないと、
治るものも治らない」とアドバイスされたのですが、
本人はもうすでに十分休んでいるっていわれるんですね。

でも、内容を聞いていると、
私が同じことをやろうと思ったら、
おそらく1週間で寝込むだろうというようなスケジュール内容で、

先生も、「あなたからすれば
休んだも同然なスケジュールかもしれないけど、
それでは体が休めていない」というと、

「こんなものやったうちにはいらない。
昔はもっといろんなことやっていた。
家でじっとしているだけの人生なんて、
息だけして生きているなんて、
そんなの生きている意味がない!」と
その患者さんが言われたんです。

私はその言葉をきいて、
そんな考え方を持ち続け周りに影響することで、
どれだけの人が不安になり追い詰められ、
自分をダメだと思うかと思うと
むしょうに腹が立ち
その後どんな会話をされたか、ハッキリ覚えていないのですが、
確か先生は、過去と今を何もかも同じだというふうに
考えるべきじゃないと答えていたと思います。

そして、今その患者さんがされている行動が、
どれだけ体に負担をかけているか、
そして、もしそれでもやりたいと思うなら、
どういうケアをしていってやればいいのかを、
ゆっくり一つ一つ話されていました。

その患者さんは、
最初、まるで何かに追い詰められてるような
そんな口ぶりだったのですが、
先生のどういうケアをしていってやればいいのか
などのアドバイスに
多少、口調も和らいでいました。

でも、ちょっと同調するようなことを先生が言うと、
また怒りをあらわにしたような内容を口走ります。

一体この患者さんは
どうやって自分を肯定しているんだろうかと、
どうやったら自分に満足できているんだろうかと、
考えてしまい、とても気の毒に思えましたが、

私も同じような感覚で、いつも自分も周りも否定して、
それでいて、誰か私を救ってくれないかなぁ、
だれか認めてくれないかなぁと思う願望があるくせに、
自分はというと、周りや自分に対して
温かい緩やかな視線でみようとしていなかったなぁと、
気付かされました。


不安はあって当たり前

その不安に対して、
嫌だ!怖い!そんなの受け入れたくない!と、
拒絶すればするほど、
どんどん不安が不安をよんで、
押しつぶされそうになってしまいます。

テレビのニュースを見ていても不安、
家族のちょっとした言葉に不安、
外出すると、周りの人と自分と見比べて不安、
ちょっとした声かけに不安、
はたまた、貯金通帳を見ては不安・・・


・・・もう、不安の総合商社状態



そういうもんだよ

あって当然なんだよ

大丈夫

そのままでいい

心配しなくていい


それは、頑張って自分を治すとか
みんなに迷惑かけないようにするとか
そういうものではなくて、
自分に対してOKをだしてやる

よく頑張ったね

お疲れさん

ちょっとゆっくりしようか

そうやって自分の体を温かく受け入れてやることができれば、
温かく包み込んでやって、
ちょっと休憩することができたら、
さて、いっちょやってみるかと、
なにかちょっとしたことをやれる弾みができるんじゃないか

今日できなくったって、明日はできるかもしれないし
明日できなくったって、1ヶ月後にはできるかもしれない

全然できなくったって、
他のことはめっちゃできている場合もある

自分にとって自分にOKだしてやれれば、
できなくったって全然OKなこと一杯ある


あの患者さんは、どんなことをしていても
一切自分にOKだしてやれていないのかな・・・


そんなことを考えながら仕事をしていました。

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文字が心に飛び込んでくる

前回のブログを書いてから、
長男はずっと注射を打っています。

ありがたいことに、
私の心にともった温かい灯りは、
ずーっと静かに燃えていてくれています。

タイトル ”この気持ち忘れたくなくて・・・”

を書いた頃は、本当にこの灯りが
消えてほしくない気持ちでいっぱいで、
落ち込んでいる人や、
怒りをあらわにした人の言葉を聞いたり
文章を読んだりしたら、
すぐ影響をうけてしまいそうで、
怖い気持ちになっていました。

今も、多少そういう気持はあるのですが、
以前のように、心をゆさぶられるほどでは
なくなったように思います。


昨日、ひさしぶりにりんりんさんのブログ
”歩いていこう”を読みたくなりました。


今でも、はじめてりんりんさんの
ブログを見つけた日を覚えています。

私は、子供のことを色々考えると眠れずに、
携帯で不登校のお子さんをもたれた方の
ブログなどを読んでは寝るようにしていたのですが、

たまたまりんりんさんのブログにヒットし、
(なんでこの人、ここまでわかるの!?)と
なかなかのショックを感じたのですが、
読んでいるうちに知らない間に寝てしまい、

次にいざもう一度読もうと思ったら
どんな題名のブログだったか、
なんて名前のひとだったかも思い出せず、
それでも、どうしてもあの人のブログをもう一度よみたい!と、
長いことかかって探しました。

探し当てた日から、毎日、毎日少しずつ読んでは、
きんたろうさんの事を知り、本を買って読んでみたり、
なんとかコンタクトはとれないものかと、
思い切ってメールを送り、
またブログを読むという日を続けていました。

おそらく無理だろうなぁと思っていたのに、
お返事をいただき、
いいの!ほんまにやってくれるの!?と
ドキドキしながら初めてのセッションを受けたのが
9月の事でした。

いざ会話をしてみると、私は
ついいい子ぶるというか、わかってるんですよそんなこと
みたいな、表面を繕ったような態度をとってみたり、
きんたろうさんには、
なんだか自分の心をのぞかれているような、
ものすごい不快感を感じ、
その不快感を感じていることすら隠して、
私はわかってるんですよ的な平然とした態度を
装って会話していました。

あっという間の3ヶ月でしたが、
その間、怒りに満ち溢れてそれを必死で抑える日々もあったし、
侵入を拒み、心をかたく閉じたまま、表面をつくろっていたし、
はたまたつくづく落ち込んで、
もういなくなってしまいたいと思うくらい、
自分の存在、自分の意味がわからなくなって、
なにもかも壊してしまいたい衝動にかられたときもありました。

それが、今月に入って、
温かいものに包まれたような感覚を持ってからというもの、
表現はおかしいですが、私の手足が見えるようになり、
自分を自分のものとして手に入れられたような
そんな感覚をかんじられるようになりました。


そして、
もう一度りんりんさんのブログが読みたいな・・と、
ふと思い、新しいものから
どんどん日をさかのぼって読んでいったのですが、
ブログに書かれている意味が、
頭で感じるのではなくて、胸のあたりで感じられる、
文章がどんどん心に飛び込んでくる様な感じを受けて、
自分でも驚きました。


読んでいて、ものすごく気持ちがいいんです



以前読んだ時には、心臓がドキドキして、
呼吸が激しくなった

タイトル ”動けない理由”

これを読んだ時には、両手足の先がジンジンするような、
恐怖と怒りに包まれた感触におちいりました。


その一つ前の

タイトル ”私は、変えられたくない~Aラインの話【アダルトチルドレン】”

これを読んだ時には、私を指摘されたような
なんていうか、お説教されたような感触におちいりました。


タイトル”待っててね【子供たちへ】”

これを読んだ時には、
どうせ私はダメ母ですよ・・・
そんな感触におちいりました。



ところが、今回、同じ文章を読んでいても、
どんどん、胸のあたりでふぁ~っと言葉が広がって行きます。

そうやん  ほんまやで  そうそう そうやねん

どれも、相槌をうちたくなるような感触で、

”真っすぐに【不登校の君たちへ】”

このタイトルの最後の3行を読んで、私は
一度もあったことのないりんりんさんの温かい視線が
ブログから伝わってきたのを感じて
泣いてしまいました。



私はこんなに涙もろい女だったかなと思うくらい、
りんりんさんとのセッションをうけるようになってから、
何度も泣いています。

でも、涙を流すたびに
カチコチにかたまった氷が溶けるような
私のへんくつな頑固な心も、
温かい柔らかいものに
ちょっとずつへんかしていってくれている
そんな感触を感じることができて、
また嬉しい出来事として、こうやって
ブログに書かせてもらうことができ
ありがたいなぁという気持ちになることができました。






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視点

長男は、10月末ごろから、低身長の治療で、
毎日、ホルモン注射を打っています。

毎日、毎日、きちんと真面目に打っていて、
治療を始めた時には、141㎝だったのですが、
12月にはいって142.7㎝まで伸びていました。

その時には、二人で顔を見合わせ、
「やったな。すごいな。」とガッツポーズをとりました。

所が、ここ最近、
「毎日の注射が死ぬほどいやだ。」とか、
「学校のことの方がずっと平気に思える。」などと、
注射を打つことを、とてもしんどがる発言が
ずっと続いていました。

それでも、朝は必ず、私が忘れていても、
「おかん、注射の段取りして。」と頼んできて、
どうしても朝バタバタしているから
打てないときなど、自ら夜にうっていました。

ようがんばってるなぁと、思って
長男の様子を見ていたのですが、今朝、布団から、
「いやだ。いやだ。注射いやだ。もう絶対いやだ。」と
何度も何度も言っていました。

確かに、毎日、毎日、自分で自分の体に注射を打つのは、
なんていうか・・・、嫌なものだろうなと私も思いますが、
本人は、「これを辞めることで、
せっかく伸びてきた身長が伸びなくなるのが怖い。
でも、毎日、毎日、注射を打つのが苦痛でしかたがない。」と
訴えてきていました。

以前にも一度そういうことがあったのですが、
その時には、「あんたのすきにしたらいい。」と
本人にどうするかを決めてもらい、
続けるという長男の言葉に従った状態でした。

布団からでてきて、
「低身長の診察をしてくれる先生に予約をいれて」と
言いだし、「もう、さすのがしんどいねん。
もうめんどいねん。
面倒いっていう言い方もおかしいかもしれへんけど、
なにからなにまで嫌になってもうてん。
けど、うつのやめたら背がのびひんようになるんも困るし、
おかん、僕はすぐに忘れてしまうから、
先生にそういってや。」と言ってきました。

「おかあさんがいうの?一人で先生の所に行って?」
そう聞くと、
「一緒には行くよ。でも、おかんがゆーてほしい。
僕は忘れてもうていわれへんから。」

長男にそう言われて、胸がザワザワしだし、
いろんな不安がむくむくとわきだしてきて、
その不安をどう対処していいのか分からず、
とりあえず、長男の言葉を間違いなく先生に伝えたいので、
記録したいからもう一度言ってほしいと、
長男に頼んで、
パソコンに打ち込んでみることにしました。

パソコンに打ち込んで、文章にしてみると、
なんというか、
長男の心から振りしぼって言った言葉であったはずが、
なんとも、簡素なものに見えてしまって、
「あのさ、これって自分で答えだすしかないんじゃないの?」
と、ポンっと言ってしまっていました。

(しまった!)と思ったのですが、
明らかに長男の雰囲気が変わってしまい、
今までああでもないこうでもないと言っていたのに、
プツリと物を言わなくなってしまいました。

だまーって、じっとする長男に、
私は、心のあったかさをじっくり思い出して、
受け取った記憶をしっかりイメージさせて、
まずは長男に謝りました。

「ごめん。長男。
お前は、注射うつんが辛くて、気持ちわかってほしくて
お母さんにいうてきたことやったのに、
自分で答えだすしかないだなんて、
お母さんの言うことと違ったな。ごめん。」と
謝りました。

「おかん。さっきのおかんは、
おかんの視点からものいうたやろ!
僕は今、僕の視点になって物を考えてほしくて
いうたことなんや。
それやのに、あんなこというてきて・・・。
もう、絶対、二度とおかんには、
僕の本当の気持ちいうもんか!って思ったわ。」と
泣かれました。

そうだった・・・
長男の言う通りや・・・
つくづく、自分のやったことを反省しました。

私が、きんたろうさんやりんりんさんに、
本音を言った時は、きちんと受け取ってくれたのに、
私は、そらしてしまった・・・

「ごめんな。そうやな。
長男は、毎日毎日、自分で自分に注射うつつらさを、
分かってほしい気持ちでいっぱいになっとってんもんな。
それを、お母さんが自分でかんがえろなんていうのは
酷いはなしやわな。そうやったな。ごめんな。長男。」

私は、長男の不安、突き放されたような孤独感を感じ、
申し訳ない気持ちと、長男の心を温かく包んでやりたい気持ちで
長男の傍により、背中をなでて謝ると、
長男は、声をあげて泣き出しました。

「僕の辛い気持、わかってほしかってん。
そうして、僕の視点で見て、共感してほしかってんやん。
そうせんと、辛くて、辛くて。
毎日、毎日、一人でしんどい、しんどいっておもてるのが、
不安やってん。
けど、おかんがそうやって、
僕の気持ちをわかってくれてるって思えたら、
ほんまはしんどいけど、でも、
注射だってやれそうなきがすんねん。」

あぁ この子は 私が這い上がってくるのを 待っていてくれたんだ

そうか そうだったのか そんなふうに 私を待っていてくれたのか

私は感謝と申し訳ない気持とで一杯になって、
涙がぽろぽろと出てきて、いてもたってもいられず、
声をあげて泣いている長男の背中や頭を、一生懸命なでました。

「悪かったなぁ。長男。お母さんが悪かった。
お前はずっとこうやってお母さんがふりむくんを
まっとってくれてたんか。」

自然と出た私の言葉に、
うん うん と、うなずく長男の頭を、
「ありがとうな ごめんなと 
よくまっとってくれたなぁ」 と言いながら、
何度も何度もなでました。

この時、何とも言えないじーんとした感触が、
長男の体をなでるたびに、
私の体中にしみわたってくれたようなきがしました。

これが安心感というものなの?

今、ブログを書いていて、
ふとそう思いました。

子供に謝っていて安心感と言うのも、
なんだかおかしい話じゃないかなぁとも思うのですが、
何とも言えないあったかい感触がずーっと
心の底にともっていて、

それから仕事に行ったのですが、
今までのビクビクしたような感覚が、
ものすごく減っていることに気がついて、
それがまたすごくうれしくて、

いつも、勤め先のパートさんと話をしていても、
どこか緊張して話をしているのに、
今日はちっとも緊張しないし、

仕事の流れがいつもより広い範囲で見えるし、
そのことでまた嬉しくなって、

お客さんとのちょっとした会話がまた楽しくて、
なんなんだろう、このウキウキ感は・・・と、
嬉しくてすごく気持ちのいい状態が続きました。


そうだね 辛かったね

大丈夫だよ みていてあげる

辛かったらいつでもかえっておいで


そういう心強さのようなものが、
じーんと心の底にともってくれることで
不安がちっともおそってこなくなり
こんなにも嬉しくて気持ちのいい状態でいられるんだ・・・

怖くないってこんなに気持ちいいんだ・・・


長男に大切なことを教えてもらいました
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この気持ち忘れたくなくて・・・

今日は、昼間っから長男の件で、
カーッとなったりしたのですが、
長男の言葉の意味や私が口にしてしまった言葉の意味、
その前後などを気持ちを落ち着けてじっくり考えて
ブログにもかいてみました。

なんていうか、頭では色々分かったつもりでいたんですけど、
どうしてもモヤモヤしてたまらなかったのですが、
そのモヤモヤ、一体どこからくるのか、
振り回されずに、とことん探ってみました。

そして、そのモヤモヤは、
私が不安を怖がっていたからだということにたどり着き、
そうだ、私は不安なんだと認めたことで、
なんだかコロンと
つき物が落ちたようなそんな気持ちになりました。

そのとき、たまたまコロッケをつくっていたのですが、
ふと思いついて、小判型じゃなくて、
三角型のコロッケをつくってみると、
丸いお皿や揚げるときのフライパンに、
ピザみたいにうまい具合に並べられて、
なんか作るのがすごく楽しくなりました。

まるで、私はこうであるべき!みたいな、
頑固に自分を変えようとしなかった私が、
自分の弱いところ、不安に思ってる所を
認めた瞬間に、うまい具合に型にはまり、
それが、案外気持ちいいんやなというような、
そんな気持ちになることができました。

台所に立っている私に、
つまらん、つまらんと愚痴る次男に、
またまたふと思いつき、
なにかはじめてみるかと声をかけてみました。

いろんな方法があると、
私が知っているうちの情報をいくつか話すと、
「僕は、1対1の塾とかは嫌やなぁ。
だって、孤独でさみしいんやもん。
2~3人がいいなぁ。
でも、大人数はいややねん。
大人数になるといじめが始まるからな。」
そんな言葉を聞くことができて驚きました。

「とりあえず、みてみないことには
どう判断していいかわからんな。
いっぺんみるだけはみてみるわ。」という次男の返事に、
あんなに頑なに自分から行動することを
拒絶していた次男がこんなふうに考えていたのかと
とても驚きました。

なんか、なんていったらいいのかなぁ。
次男にアドバイスをして、
拒絶されるのが怖くて言えなかったところが
私にあったんだと気付きました。
口を出さないのは見守ってやってるからだという逃げ道を作って、
きちんと次男と向き合っていなかったんです。



私は心の底では絶対人を信用しようとしなかったし、
そうやって人を信用できないのは、
信じて裏切られるのが怖いからで、
傷つきたくないから最初から信じないと
そういう考えのもとで人付き合いをしていたので、
もし、背を向けられるような行為をされたとしても、
(ああやっぱりね。いいのよ、私もとから信じてなかったから。)と
傷ついた自分に嘘をついて生きてきていました。

今まで、自分がずっと頑なに変わろうとしなかったのに
こうやって変わるきっかけになったのが、
この間、きんたろうさんと会話させてもらい、
その数日後、りんりんさんと会話させてもらったとき、
今まで、ずっと本当の感情を殺して、
表面を繕って、絶対に
本音の所を見せようとしていなかったことに
気付かせてもらって、
思い切って二人に本音を言ったんです。

それを言った時の私は、
43歳の結婚16年目の子持ちの主婦ではなく、
まだ小さい小学校の頃のわたしになっていました。

きんたろうさんは、ごめん、すいません、
と何度も謝ってくれました。
りんりんさんは、ごめんね。辛い思いさせて
今まで、ずっと、言えなくて つらかったんやろと
声をかけてくれました。

こんな我儘なことをいっても、
ストレートにうけとめてくれる人がいるんだと、
寒い寒い私の心の底にあたたかーい、
ふんわりとした火がともったような
そんな気持ちになれました。

私は、ふと我にかえり、
恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなくなったのですが、
待ってたよって、そのまんまでいいんだって、
りんりんさんに言ってもらえたことで、
本音をむき出してしまったひりひりした私の心に、
柔らかいカバーをかけてもらえたようなきがして、
私が私自身を、自分の本音に向き合った時の
ヒリヒリした自分の心を
自分の力で受け止めてやり
温かく守ってやる方法を
お二人に教わったように思います。

そうか・・・
こんな風に自分をだしていいのか・・・
そして、こんな風に認めて、受け止めてやればいいのか・・・


なんだかその時の気持ちを絶対に忘れたくなくて、
ずーっと胸の中で大切に温めていました。

今日、自分が不安と向き合った時、
あのとききんたろうさんが、ごめんっていってくれたこと、
りんりんさんが辛かったやろうといってくれたこと、
そのあったかいぬくもりを思い出して、
しっかり自分に返してやることで、
切りぬけることができたような気がします。

そうすることで、
次男と向き合うのを怖がらずに話すことができたし、
なんと、あんなに長男が甘えてくるのを嫌がっていた私が、
今日、多少ぎこちなさがあるものの、
あの子を胸の中に抱きしめてやることができたんです。

そして、zukapapaの言葉を曲がった受け取り方をせず、
しっかり聞きとり、きちんと返すことができました。

なんと、たまたま夜にスーパーにいったときに
次男の友達ママと出会ったのですが、
なーーーんにもわだかまりなくしゃべることができました。

「zukamama、ずっと自分を責めて苦しんでたんちゃうの・・」
と友達ママに言われて、
また、あったかーいものが心にともりました。

みんな、みんな、今日はとてもいい顔をしてくれました。
それがもう嬉しくて、嬉しくて・・・

この瞬間を、この気持ちをしっかり心に刻みたくて、
こうやって日記に書かせてもらいました。

きんたろうさん
りんりんさん

私の心を受け止めてくれてほんまにありがとうございました。

頂いたこの温かみ、大事に大事にします。
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リスクの持ち方 持たせ方

今日、長男が
髪を切りに散髪屋に行くと言ってきたのですが、
いざ、行くことを意識しだしたら、
「今日は日曜だ 誰かに会ったらどうしよう 
どうしよう どうしよう
ああ、どうしようおかあさん、
どうしたらいい?ねえ、どうしたらいい?」と
私の横で泣きだしました。

本人のやりたいようにしてもらっていたつもりなのに、
なぜ私にこんなに言ってくるのか
意味がわかりませんでした。

言われたとおり散髪屋に予約もしたし、
別に自分の事なんやから好きにしいやと思って
「自分の好きにしたらええやん。」と、言ったのですが、
どうしよう どうしよう ねえ、どうしたらいいと
しつこく長男が聞いてくるのでさすがにイライラしてきて、
なんだか、ここまで来ると根競べみたいになってしまって、
私は益々何も言わずに知らん顔をしていると、
長男はずーーーーっと私の横でくっぷして
どんどん泣くのがエスカレートして言っている様子でした。

「なんかいってや。なあ、なんかいってやおかん。」と
言われ続けてしんきくさくなり、
「お母さんが言ったら、そのとおりにすんのかいなあんたは。
おかあさんが、”予約したのに向こうだって商売なんやから
コロコロかえんとちゃんといきいや”っていったら、
あんたはいくんかいな。」というと、
「だって、今日は日曜日だってことしらんかってんもん。
行って誰かに会ったらどうしよう。どうしよう。」と
また泣きだされるので、
「だからあんたがきめろっていってるんやろうが。」と
つい、口調もキツめになりました。

ちなみに、その理髪店はうちの裏で、あるいて5秒・・・
ところが、隣の自治会館で餅つきをしていて、
とても賑やかで人もたくさんいて
いろんな人とあう可能性はとても大きいんです。
そこの所で、長男はひっかかってるのかな?とも
思っていたのですが、それもこれも長男が自分でみて
考えてきめたらいいわと思っていました。

でもやっぱり、横でうじうじ泣かれる長男にイライラしてしまい、
「予約今から取り消してもらうって方法もあるんやで。」というと、
「それを早く言ってや。」と長男。

は!?なにその言いざま。
結局私に決断させて、私はふりまわされてばっかりやん。

それでも、長男は最初私に、予約の変更の電話をいれてくれと
いってきていたのですが、私が動かずにいると、
とりあえずは、理髪店の電話番号を私にきいて、
自分で変更の電話をかけていました。

長男は、「火曜日の1時に変更した。」と言ってきて、
(中学生なら学校行ってる時間帯に、
行くのは平気なんや・・・)
と思いましたが、黙っていました。

りんりんさんに最初のカウンセリングで、
「どうなりたい?」と聞かれた時、
長男を拒絶している自分が嫌で、
「長男を抱っこできるようになりたい」と話したけれど、
前回のカウンセリングで同じことを聞かれた時、
私は自由になりたいと思うようになっていました。

自由になるためにはリスクを自分が背負う覚悟がいる
でも、他人のリスクは、他人にかえさなきゃいけないよね

それで、本人に考えてもらおうとやったつもりだったのに、
結果このパニクり様で、なんなんだこれは・・と思ったのですが、
すでに、今までああしいやこうしいやと散々口出しされて、
私の縛りにくくられてきている長男が、
いきなり「すきにしたらええやん」と突き放されたように言われたら、
もし私が子供の立場でも、(おかあさん、何考えてるんだろう)と、
自分のやりたいことよりもそっちのことで頭がいっぱいになるでしょう。

そうか・・・だから、長男は不安になって、
ぎゅーしてとか、頭よしよししてとかいってくるのかな・・・
私の「好きにしたらええやん」は、私の意見を察知して読み取れよって
そんな風なメッセージがあるのかもしれない・・・

それよりも、好きにしいやと突き放すんではなくて、
長男には、「どうしたい?」と聞いて、
予約したけど行かないというリスクを長男にもたせて、
一度私から理髪店に申し込んだけど、
子供の意見を尊重して変更をゆるした親となるリスクを
私は背負うという考え方を持てば、
もっと早くにお互い余裕のある状態で
結果をだすという考え方もあったな・・・

リスクという言葉に当てはめようとして
文章にちょっと無理があるようなきもするけど、
でもまぁ、今までなら、
「こっちから言い出したことやん!
相手に迷惑かけられへんやろ。いきなさい!」と命令して
無理やりいかせていたところを、
「予約したけれど、変更してもらうという方法がある。」と
私が言ったことで、長男は自分からうごいて、変更し、
次回の予約の時間帯に限らず、今は行くと言っているのだから、
また、その時にどう行動をとるのか、そして、
とった後にどういうリアクションがあるのかは、
本人のものなんだから、みておくことにしよう。


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プロフィール

zukamama

Author:zukamama
夫がうつ病になり、わが子が不登校になったことから、自分の生きづらさが関係していることを知り、回復に向けてやってきたこと、きづいたことを書きづつっています

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