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年末年始

年末年始は、色々な形で
実親、兄弟、義親、いとこと会う機会があったり、
そうでなくても、嫌でも意識する話題が
身の回りであったりすることが多いかなと思います

実親、義親からの言葉に、ゆさぶられたり
兄弟や従姉妹と比較して、
優越感に浸ったり、劣等感に陥ったり
色々とざわつくことが多々あるかとおもわれます

関係が近くなればなるほど、そのざわつきかげんは大きくなり、
実母までいくと、言葉だけでなく一瞬の間や、
ふとしたしぐさですらいろんなメッセージ性が含まれ、
それを細かく読みとり、影響を受け
癒えるまで時間を必要としそうな感じがします

自分が影響を受けたんだと自覚して、
どこでどんな言葉やしぐさでなににひっかかったのか、
それがどう感じたのか、すこしずつわけて考えてみると、
自分が恐怖におもわれたことや、悲しみに感じた事
本当に口に出していいたかったことなどが
わかってくるかもしれません

あのときもああだったと言った感じで、
ずっと過去に気持ちがいってしまうと、
いろんな恐怖や悲しみがふつふつとわいてきて
気持ちが過去をさまよい、今現在に戻ってきづらくなり、
気づいたら影響を受けた人と同じ状態に
巻き込まれてしまっている場合がありそうです
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人にあわせる

今まで生きてきた中で、
間違ったり、失敗したとき
人格を否定されるほど怒られたり
自分の存在を消されるような扱いを経験をしたりしていると、

次は間違わないでいよう 失敗しないでおこう
という気持ちが強くなり、
普段から自分の感覚など、遠いところに置き去りになり、
常に人にあわせるという方法を選んでしまいます

たとえば、友達同士で
「今度新しく発売された○○ おいしいよねぇ~」
などといった会話があったとき

自分の感じた感覚をもちあわせていないことから、
「うん~」とだけ相手にあわせた返事をして
それ以上突っ込んで話す事もなく
(○○ってなんだろ?)とか、
(○○っておいしかったっけ?)とか、
(だいたい、美味しいって何?)と
ぐるぐると自分があってるのか間違ってるのかに焦点がいき、
友達同士、感覚を共有するなどといったことには程遠く、
自問自答した状態のまま
体だけが友達と一緒にいる状態になります

それは、
自分がどう感じたか?よりも、
どう思われてるか?
今判断したことが、あってるのか?まちがってるのか?

間違っちゃいけないという気持ちが強く、
相手の意向にあわせた返事をいかにねん出するか
そのことに意識が集中してくたくたになります

そうやって、あわせるという方法をとっていくと、
いろんなところでつじつまがあわなくなったり、
あわせた相手と、また別のあわせた相手と
全く反対の事だとしたら、
あわせるという処理が大変になり、人と関わるのが嫌になってきます

(自分は今、人と違うのを怖がってるんだな)と自覚して、
違ってもいいという新しい考え方を自分にインプットする事で、
自分の本当の気持ちを考える余裕が、
少し出るのかなという気がします



恐怖心

恐怖心にも 種類がある

表面上に見える恐怖と封印してきた恐怖



表面上に見える恐怖を例えると 

交通事故を目の当たりにした
人が刺されてる現場を見た等、
一般的な率直で不快のない恐怖

こわかった~とかこわいね~と口にできるような、
感情と即に直結できる恐怖ともいえるのかな



封印してきた恐怖を例えると

それがわかれば苦労しないと言いたいところだけれど、

小さいころに抱いた恐怖
内面に閉じ込めた恐怖感
これを言ったら、
なんて酷い母親なんだと言われるから黙ってきている事
それを認めると愛してもらってなかった事を知る事になる
言えなかった事

ものすごい言葉やせっかんなどの暴力を受けたとか、
目に見えるものじゃなくて、
ほんの些細な事だけれど子供からするととてつもない恐怖

一般の人が同じ経験をしても、
なんてことないような些細な事が
自分にとっては恐怖に感じる

そこをみたくなくて、うっとりすることで
恐怖感を分断している

そんなうっとりの中で生活してることで、
現実から感情や意識が遠のき
人とのコミニュケーションがとれなくなってる

そのぐらい、自分を支配している恐怖心なのかなと思う


笑うタイミングはずした

ものすごい雨降りの朝、
車を運転していて、一緒に乗っていた主人に聞いてみました

「これさ、朝やけどヘッドライトっている?」


主人は、
「すきなように~ 
相手に自分を意識して欲しいと思えばつければ」と言った後、

「あぁ、スモールライトくらいならえんとちゃう?」というと

一緒に乗っていた長男が、
「あかんで!車がちっさなるやん!」

私は、
最初なにをいってるのかわからず黙っていると

主人が、
「タラリラッタラ~  スモールライトー」と
ドラえもんの真似をしていったことでやっと気が付きました

そのことかい・・・

二人は、くすくすと笑っていたのですが、
なんだか笑うタイミング外して、脱力感だけが残りました 


私、ニュアンス受け取ろうとしとらんかったな~




これって歪み?

今日、子供たちと夕方に出かける予定がありました。

待ち合わせをしていたので、
どうしても6時20分にはでたかったのですが、
私はそれまでに洗濯物をたたんでしまいたくて、
急いでたたんでいるのに、
長男は膝の上にごろごろよりかかってくるし、
次男はわざとたたんだ洗濯物をごちゃごちゃしようと
フェイントをかけてあそんでくるしで、
なかなか仕事がはかどりませんでした。

最初は余裕たっぷりに
わざと、「こら~!」などと言っていたのですが、
余計にちょっかいを出してきます。

時計をみれば、あと5分で出かける予定としていた時間。

いたずらをどんどんエスカレートしてくる子供に、
「あんたら、でかけられへんでもええんか!」と私は恫喝。

子供たちはさっと顔いろをかえました。

これって歪み?

昨日のカウンセリングの中で、母との対話を話した後に、
「おかあさんも、zukamamaさんに
はっきりいってくれたらいいのにね。」と
きんたろうさんに言われたことを思い出しました。

私は、
「お母さんは、出かける時間までに洗濯物をたたんでしまいたいねん。
だから、じゃませんといて。」と言いなおすと、
すんなり準備を始めてくれました。

このように、自分の目的を達成させるために
子供にどう協力を求めようかと考えた時、
子供の楽しみを取り上げるような脅しをかけて
相手の行動を制止し操作する方法をとる私。

私はわりと子供に、
「○○したら○○あげる。」みたいな感じで、
交換条件をだしたりした記憶がないのに、
長男はよく人に対して
「そのかわりに、○○してくれる?」とか、
「○○せえへんかったら、○○するぞ。」とか、
すぐに交換条件をだしてきます。

(なんであんないやらしい言い方をするんだろう。)と
ずっと思っていたのですが、そうか、私のこの言い方じゃあ、
交換条件だしているのとおんなじ、
いや、私の場合は、脅しだったなぁと思い知らされました。




分別と核

昨日は、きんたろうさんに
ボイスチャットをしてもらいました。

まず、ここ最近の私のブログの中には、
(私に侵入してこないで!)という
メッセージが含まれている内容だと言われました。

昨日も会話をしていて、
「うまくいえないんですけど。」と
何かを話そうとする前につけていることに気がついて
やっぱり、繕おうとしてる所があるんだなぁと思いました。

せっかくカウンセリングを受けているんだから、
意地なんてはらずに気持ちをオープンにして
少しでも早くAC的な癖や歪みを回復させて
このなんともいえない不安や辛さ、
私がそういう状態でいることで
家族に影響を与えていることとか負担を
減らしたいと思うのですが、そんな気持ちとは裏腹に、
(まだこんなこといってる。頑固だなぁ。)と思いました。

でも、前回のチャットで
一番ムカムカした理由を直接いえたことや、
意地の塊だと自覚できたことや本心を口にできたことは、
普段から(私の気持ちに気付いてよ)と
遠まわしにやっている私にしては、
(やったやん!いえたやん!)と思えました。

プライドの塊の私にとって、
ここまで自分のことを口に出して言うなんてこと、
今までなら絶対なかっただろうとおもうから。

それから、自分のことをしゃべろうとすると、
ものすごく考えてしゃべってしまうのに、
人の話しになると、
その人の気持ちを分析しているようでいて、
こそっと本音を組み込んでしゃべっている自分に気が付きました。

どうしてそこまでして、
本音を隠さないといけなかったんだろうか。



昨日きんたろうさんと会話したことと、
その前にりんりんさんと会話したなかで
共通して言われたことが、

”中間がない”ということ・・・

すぐに答えを出したがる。
すぐに答えを知りたがる。
○か×か。
待てない。
そして、知ったことで安心していて
その内容はいまいちわかっていない。

それは、その場でインプットされること、
そして過去にインプットされてきたことがとても多くて、
そのことを自分で分別して整理する能力が
追いついていないから。

分別されていない、一杯の情報は、
いろんな場面でいろんな形となって
出会ったところどころで無造作、無秩序に吹き出して、
その情報は、また違ったケースとしてそのの上にのっかってくる。

それが自分にとってはものすごく重荷なのに、
そのことを認めてしまうと
もともと分別されていないものだから、
一気に流れ出てしまって、(自分には何にもない)と、
とても不安に陥ってしまいそうで、
その状態を認めようとしないまま、
重荷や不安を押し殺して無かったことにしてしまう。

もうたくさん

今は、自分にインプットされたものがなんなのか、
それを確認しながら分別していく作業をくりかえして、
積み上げて行くことが必要なんだなと
そうしてやることで、一杯背負ってきたものを
下ろせるんじゃないか?楽になれるんじゃないか?
という希望がわいてきました。





 

正義感

今日、ランチパートの日だったのですが、
まだお店をきちんとオープンしてないときから、
お客さんがはいってこられて、
おまけに1時前に雨が降ってきたせいで、
益々お客さんが入ってこられました。

用意してあった、一品料理やお漬物なんかも、
全然足りなくなってしまい、もうてんやわんや。

こうなるとスピード重視です。

ところが・・・

そこんところをうまく乗り切れないわたし。

厨房で一品をつくっていた奥さんの盛り付け方が
(これはあかんのちゃうん?)という盛り付けで、
でも、店の奥さんがやってることなんだから、
いいじゃないかと思えばいいものを、
「これ、おかしくないですか?」と私。

冷ややっこにのっけているネギの量が、
普段より多かったんです。
それだけのことだったのですが、
つい口に出してしまいました。

明らかに、奥さんはムッとしていました。


りんりんさんに、逆配列の話を伺ったのですが、
私は根本的に、
大げさだけど誠心誠意相手にあわせるスタンスでいます。

だから、仕事をしていても、とにかく相手次第。

仕事内容のルーチンや自分の都合よりも、
まわりの機嫌や指示を優先します。

でも、そうやってものすごく気遣って仕事をしていることで、
自分を抑圧してしまうせいか、
自分がゆずれないものというのがふと湧きだします。


これは、前回の会話で聞いた、
虐げられて育った人間は、正義感が強い
ということが関係してるのかな?と思いました。


今日はこれがとんでもない時にでてしまいました。


普段から奥さんや店長に高圧的な態度をとられているかというと、
全然そんなことはありません。

ただ、私がいつも、相手に合わせて
自分を殺した状態で働いているんです。

自分の意思、感情、行動、それらのものを、
自分のできる限り、周りを優先して自分を抑えます。


こんなだから、たとえば、勤め先を変えたところで、
状況はかわらないんです。

防衛機制 合理化

私が人と会話したり、
日記にアップしたりする内容は、
(そんなの知ってたわよ。)と言うような含みをもたせたり、
ちょっと人と違った目線でものごとを見ようとする癖があります。

物を選ぶ好みでもそう。

母方の祖母が着物を縫う仕事をしていました。
成人式の着物を選びに来るように言われ、祖母の家にいくと、
着物問屋さんがいっぱい着物を見せてくれました。

「どれがいいか、好きなものを選び」といわれ、
その頃はまだはやっていなかった黒を選びました。
帯は金。

「そんな、留袖みたいな。」とか言われても、
わたしはこれがいいと言い張りました。

成人式の当日、髪をあげるときも、
ももわれという髪型が一般的だと言われたのですが、
「そんなかわいらしい髪型は嫌。
クラブのママみたいな髪型にして。」
と美容師さんに言って、困られました。

本当いうと、黒い振り袖も、あまりにも絵柄がかわいすぎて、
もっと大人っぽくてかっこいいのがよかったんです。

私は、就職のために家をでて一人暮らしをしていたので、
成人式は地元に帰ることになっていたのですが、
晴れ着をきて久しぶりにみんなと会う絶好の機会に、
みんなとは絶対違うというなにかこう
自分を意味付けしたいそういう気持ちがあったのかなと
思いました。


-----りんりんさんとのカウンセリングの中で----------

自分の発言や選ぶものになにかこう意味づけしたい。
そうすることによって、自分の存在意義を示したい。
人と一緒であることが嫌。
自分は特別であるということがACプライド。

~私は特別な人間なの~

人に対しての見下し感。

-----------------------------------------------



りんりんさんが口にした、
この、人に対しての見下し感というキーワードに、
ぐさりときました。

私が、今働いている仕事で、生き生きできる根本は、
これなんじゃないかと思うんです。


受付パートでは、
具合の悪くて治療に来られる人を助ける助手。
明らかに私がほどこしてあげないといけない人。

ランチパートでは、
おなかをすかせてお店に来られる人に、満足してもらう仕事。
食べることに満足してもらえるようにフォローしてあげる人。


私はそうしてあげることで、私は優越感に浸れるんです。



どれも、人の為に働いているように思えるけれど、
もっと考えると、”私がしてあげてる”という優越感。
その優越感に浸りつつお金がもらえる。

こんな都合のいい仕事はありません。





おっと・・・まだまだ書きたいのですが、
家族で、ウィーパーティーの時間がきてしまいました。 ^_^;

ちゃんとこたえられない

昨日、りんりんさんと話をしていて、
「zukamamaさんは、ユングとフロイトとどっちの考え方が好き?」
という質問をされました。

私は、
「どっちのことも良く知らないから、ちゃんとこたえられない。」と
答えました。

これは、もしかしたら、
”どっちと答えたらあなたに会うかわからないから答えられない”と
言ってるような気がしました。

他にも、”たいして知りもしないことを、喋りすぎた”と
(はずかしい)とも思いました。

なんで恥ずかしいと思ったか考えてみました。

実家にいた頃、実母に、
嫁に来て、義母に、
「余計なことを人にしゃべっちゃいけない」と
しょっちゅう言われてたなぁと思いだしました。

<< 自分ちの名前を汚すな >>

どっちの母もそんなことをいってきてたなぁ。


そういえば、今、長男と次男は、
どれだけ自分が知識を持っているかを意識していて、
相手が間違った使い方をしようものなら、
鋭いチェックが入ります。

そのチェックのやり合いが、すごく私を不機嫌にさせます。
特に、一緒に出かけて食事の時に
それをやられると一番腹が立ちます。



きのうのりんりんさんとのカウンセリングで、
私は、人の質問をきちんと受け止めて答えていないことを
気付かせてもらいました。


(( 逃してしまっている ))


聞かれていることと、
答えていることのつじつまがいまいち合っていない。


その何とも言えないちぐはぐさを、
なんとなく気付いていたつもりですが、
いざ、面と向かって言われると、
益々隠そうとしてしまう。

あるいは、「知ってましたよ。そんなことぐらい。」
と、しったかぶりをする。

そうせざるをえなかった自分。


なんでそうせざるをえなかった?

本当をみせたらどうなってた?

なんでそんな知ったかぶりしてるの?


もうちょっと、
自分の本音を意識した行動をしてみようと思います。


プロフィール

zukamama

Author:zukamama
夫がうつ病になり、わが子が不登校になったことから、自分の生きづらさが関係していることを知り、回復に向けてやってきたこと、きづいたことを書きづつっています

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