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ご無沙汰しております

お正月の挨拶をしたかと思っていたら、
あっという間に3月になってしまいました😳

その間、なんちゃって同居があり、
その事でブログを書いたりしていました😅


現在同居は解消され😁
いつもの暮らしに戻る事が出来ました👍🏻

また、色々発信して行きたいと思います😌




*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-* -*-*-*-*-*-*-*-*-*
~あなここHPより~
「あなここ」は、
「あなたのこころをまもりたい」から派生したグループ名。
2009年、
2人のカウンセラーのボランティアからスタートしました。
創設以来、独自の 
Core(核) Rebirth(生まれなおし)セッションを開発しています。

人は誰でも「心のゆがみ」や「思考の癖」を持っています。
それはなぜ生じたのか、
今起きている問題とどのようにつながっているのか。
過去の記憶を探るとともに、
日常の言動に隠された無意識に注目することで、
もつれた糸がほどけるように解明されていきます。

驚きと納得のプロセスを繰り返しながら、
あなた自身の力で回復していく。
そんなプログラムを提供します。


詳しくはこちらへ ^_^
   ↓
Core Rebirth@あなここ

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あなここ


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新年 あけましておめでとうございます

新年 あけましておめでとうございます

昨年 2月にプロとして、
セッション料金をいただくようになり、
あと1ヶ月で1年がたちます

至らないところも多々あったかと思いますが、
個別を申し込みいただき、ありがとうございました

時にはやさしく、時には背中を押して、
スーパーバイズしていただいた、
きんたろうさん、りんりんさん ありがとうございました

去年、新しくインターンも二人増え、明け方まで話しあったり、
にぎやかに楽しくオフ会を行ったり、家庭訪問があったり、
インターン生であり、”あなここ”のアドバイザーの
初の講演会があったり、講演会をおもいっきり応援したりなど、
色々な経験をしました

参加すること、経験すること、そして感じることで
今まで自分が当たり前のように行っていた行動に疑問が生じたり、
初めてやってみて、新しい世界観を感じることができたり、
カウンセリングだけでは得ることのできない体感を
感じることもできました


今年は、昨年にも増して、
自分のフラットさや感覚の柔軟さを維持できるようにし、
クライエント様の回復を、
全力でお手伝いできるようにしてゆきたいと思います

どうぞよろしくお願いいたします


zukamama

初日の出










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~あなここHPより~
「あなここ」は、
「あなたのこころをまもりたい」から派生したグループ名。
2009年、
2人のカウンセラーのボランティアからスタートしました。
創設以来、独自の 
Core(核) Rebirth(生まれなおし)セッションを開発しています。

人は誰でも「心のゆがみ」や「思考の癖」を持っています。
それはなぜ生じたのか、
今起きている問題とどのようにつながっているのか。
過去の記憶を探るとともに、
日常の言動に隠された無意識に注目することで、
もつれた糸がほどけるように解明されていきます。

驚きと納得のプロセスを繰り返しながら、
あなた自身の力で回復していく。
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怒りと訴え

プロ化するとご挨拶させてもらいながら、
その後、なんの記事も書かずに今まできてしまいました ^_^;

今回、あなここでお題が出た、
怒りと訴えについて自分の考えをかこうと思います

何かについて無性に腹が立った時、
その事について気持ちを爆発させるのが怒りであって、
それは相手に向かっていますが

訴えと言うのは、自分の過去の事も持ちこんできて
ああだったこうだったと言いだす事
それは、相手ではなく自分の過去の事や、
自分が解決できていない気持ちを
延々話している状態になっているのではないかなと思います

怒りというものは、
相手に向かって自分の気持ちを話すと同時に、
相手に対してどこか気持ちが開いている部分があるのでは?と
思っています

その反対に、訴えというものは
一方的にはなしはするものの、
気持はまったく閉じたままで自分の事しかみえていない
そんな状態をいうのかな?という風に感じています

ちなみに、長男に
怒りと訴えの違いってなんやとおもう?ときいたら、
「怒りは感情 訴えは理屈」
との返事がありました

うん

その通りかもしれんと思いました




あなここ




「あなここ」は、
「あなたのこころをまもりたい」から派生したグループ名。
2009年、
2人のカウンセラーのボランティアからスタートしました。
創設以来、独自の 
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人は誰でも「心のゆがみ」や「思考の癖」を持っています。
それはなぜ生じたのか、
今起きている問題とどのようにつながっているのか。
過去の記憶を探るとともに、
日常の言動に隠された無意識に注目することで、
もつれた糸がほどけるように解明されていきます。

驚きと納得のプロセスを繰り返しながら、
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~あなここHPより~

最近は、ラインセッションもはじめました♪
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インターン生もラインセッションはじめました ^_^  
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徒然日記

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ご挨拶

私、zukamamaは、
あなここインターンズブログでお知らせいたしました通り、
本日2月1日より、
プロ化に伴いセッション料金を頂くこととしました

概要としては、
個別セッション 1時間につき 1,000円とさせていただきます

詳しくは下記のページに記載しております
あなここインターンズブログ

あなここでセッションをうけ、これまで経験したことをもとに、
クライアントさまの生きづらさからの回復に向け、
お手伝いをさせてもらえればと思っています

まだまだ未熟で、行き届かない部分も多々あるかと思いますが、
気持ちの整理、自分の癖の意識づけ、
ご自分との対峙、これからの軸づくりなど、
私が持ち得るものの全力をつかい、
サポートさせてもらいたいと思います

どうぞよろしくお願いしたします m( _ _ )m
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マッサンと小樽

今、NHKの朝の連続ドラマがマッサンと言うタイトルで、
日本初の国産ウイスキーをつくった竹鶴政孝と
その妻リタがモデルとなる“夫婦の奮闘記”が放映されています

私は、このドラマに特別の思い入れがあります

このモデルになった竹鶴政孝さんが、
北海道の余市というところにウイスキー工場をつくっていて、
私は7年ほど前にこの工場に行ったことがあります

工場に行くことが第一目的ではなかったのですが、
一緒に行った主人のお兄さんがウイスキー好きで
ついでに行こうとそそのかされ・・・もとい、提案があって
一行で見学に行ったのです

余市駅から歩いて数分で、この工場があるのですが、
中に入るとまるで外国?とおもわせる風景が広がっていました
ウイスキーをつくる工程を見ることができて、
竹鶴政孝さんとその奥さんがすまわれていたお宅拝見や
ウイスキーの試飲をすることができ、
そこで、主人と主人の兄が、
嬉しそうにニコニコと
色々なウイスキーを試飲していたのを思い出します

北海道に行った本当の目的は、
小樽に主人のおじいさんのお墓があると言う事が、
とある理由でわかり
主人のお兄さんがみんなでお参りに行こうと
提案して小樽お墓参りツアーが結成されました

主人のおじいさんは、主人のお父さんが7歳くらいの時に
北海道の小樽で病気で亡くなられています

主人のひいおじいさんというのが、
元は岩手で所帯をもっていたのですが、
奥さんと子供をおいて
北海道で一旗揚げようとやってきて一代で商売を立ち上げ
そこで知り合った人と結婚して
その一人娘の養子にこられたのが主人のおじいさんでした

今、ドラママッサンでは、マッサンが
北海道の小樽でニシン漁師の親方・森野熊虎と出あい
余市の存在をしるところで、
森野熊虎が、
「余市は一度失敗してももう一度やり直せる場所だ」
といったようなセリフを言っていたのが印象的でした

主人のひいおじいさんも、そうやって岩手から出てきて
一旗揚げようと頑張っていたのかなと思います

熱い思いを胸に抱いて気張っているひいおじいさんとは裏腹に、
主人のおじいさんはおとなしくて控え目なひとだったと聞きます

そして、ひいおじいさんが亡くなられて2~3年くらいで
おじいさんは亡くなられたそうで、
私は、その頃
ひいおじいさんがおいてきた奥さんと子供のことを思い、
そんな酷い事をするから罰があたったんだと
そして、今の私の家族はその呪いをうけて
主人がうつ病になったり
子供たちが不登校になっているんだと、
真面目に思っていました

さて、随分と過去をさかのぼって話をしましたが
私が今感じている事は、
自分が呪いをうけていると真面目に思っていることのこっけいさを
書きたいなと思っていました

確かに、おいてきぼりにされた奥さんと子供は
一家の大黒柱がやりたいことを達成するために
自分を見捨てたと思うと腹立たしく
うらめしい気持ちも持っておられただろうと思います

でも、だからといってその負の感情を3代目の私たちが
ひきうけないといけない理由なんてないよなと
最近思うようになってきました

旦那さんが一旗あげたいというならついて行く選択もできたのだし、
奥さんと子供はそうしなかったけれども
いまだ地元で子孫は繁栄し
家族で建築会社を営んでいるとききますし
若くして亡くなられたおじいさんは気の毒ではありますが
こうやって子や孫が生まれ
長年かかっていますがおじいさんをしたってお墓参りにくるまでの
おじいさんの存在は私たちの中で生きています

マッサンをみるたび、頭の片隅で、
主人や主人のおにいさん、私や私たちの子供が
おじいさんを思い、そうやって思う事で、
私たちも繋がりや心のふるさとのようなものを
うけとっているのではないのかなと思います

そんな命のつながりを、まるで呪いをかけられ
末裔まで幸せにはなれないような思い込みをして
不幸でいることに浸っている自分は
なんとももったいない人生をおくろうとしていたのかと考えました

自分がなんにもしないで、
勝手にダメな私にはまりこんでいるくせに、
呪われてるだなんて責任をおしつけられている側からしたら、
なにを無責任に勝手にひとのせいにしてるんだと
呆れられている事でしょう

目の前の出来事をどううけとるかで
自分の過去や未来もかわっていくものなんだなと
マッサンをみながら小樽や余市を思い出し
呪われていると思いこんで不幸に浸っていた自分と、
繋がりや心のふるさとと思って暖かい気持ちになっている今とを
感じながらドラマをみています

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年末年始

年末年始は、色々な形で
実親、兄弟、義親、いとこと会う機会があったり、
そうでなくても、嫌でも意識する話題が
身の回りであったりすることが多いかなと思います

実親、義親からの言葉に、ゆさぶられたり
兄弟や従姉妹と比較して、
優越感に浸ったり、劣等感に陥ったり
色々とざわつくことが多々あるかとおもわれます

関係が近くなればなるほど、そのざわつきかげんは大きくなり、
実母までいくと、言葉だけでなく一瞬の間や、
ふとしたしぐさですらいろんなメッセージ性が含まれ、
それを細かく読みとり、影響を受け
癒えるまで時間を必要としそうな感じがします

自分が影響を受けたんだと自覚して、
どこでどんな言葉やしぐさでなににひっかかったのか、
それがどう感じたのか、すこしずつわけて考えてみると、
自分が恐怖におもわれたことや、悲しみに感じた事
本当に口に出していいたかったことなどが
わかってくるかもしれません

あのときもああだったと言った感じで、
ずっと過去に気持ちがいってしまうと、
いろんな恐怖や悲しみがふつふつとわいてきて
気持ちが過去をさまよい、今現在に戻ってきづらくなり、
気づいたら影響を受けた人と同じ状態に
巻き込まれてしまっている場合がありそうです
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新年 あけましておめでとうございます

新年 あけましておめでとうございます 

昨年5月にあなここを卒業し、インターン生として活動をつづけ、
今年2月にはプロ化をめざすことにしました

まだまだ至らないところだらけではありますが、
いままで教わってきた事、みてもらってきたことをもとに、
すこしでもメンバーさんを大切に見て、
伝えていけるようして行こうと思います 

本年もどうぞよろしくお願いします m(_ _)m 
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母の嫁入り

以前、母が実家に御嫁入りするときのエピソードを
ブログに書いたように思います

今年のお盆、母に聞いた嫁入りのエピソードが
そのときと違っていました

確か、以前のブログには、
最初に決まった嫁ぎ先が本家よりも格の高いところだったから
嫉妬を買ってそこに嫁に行くなら縁を切ると言われたと
母から聞いて書いたのですが、よくよく聞いたら違っていました

最初に決まっていた嫁ぎ先というのが、
理容室を経営している小さいお家だったそうで、
結納金も少なく
本家が母をそんなところにやるのなら縁を切ると
自分の娘を苦労しそうなところへみすみす嫁にやろうとする
母方の祖母に対して抗議するためにいってきたことでした

母方の祖母は、その間
たまたま裁縫をならっていた先生の知り合いから、
私の実家の縁談話を聞き、
結納金も最初の所とは比べ物にならない金額だと知り、
母を連れて最初の縁談話の相手に謝りに行き、
とっとと縁談話を断り、
用意していた安価な嫁入り道具も全てキャンセルして、
それよりももっとランクが上の箪笥や着物の生地を買いこみ、
毎晩毎晩、仏間で祖母が一生懸命着物をぬっている後ろ姿を
いまだに思いだすと母が言っていました

祖母は、高い家具を用意し
良い生地の着物を縫ってやるという
見当違いによかれとおもってやっていたんだろうと思うし、
そこには母の存在はなく、
元はと言えば祖母の空虚を埋める行為だと感じるし、
母は何とも言えない気持ちで見ていたんだろうなと思います

そもそも、最初の嫁ぎ先にしろ
祖母の不安を解消するためだったんじゃないかと思うと、
私も祖母にお前が嫁に行かないことが不安だと
しつこく言われた経験があるので、
なんて勝手なんだろうと思って聞いていたのですが、
母はその事に対して
祖母が喜んでいる姿だけを思い浮かべているようでした

私は、まるで、母が祖母の不安や空虚の為に
身売りされたかのように感じました

そこまでされても母は直接祖母にはなんにもいわず、
それなのに私の実家では時と場合によって、
自分の扱われ方に対する怒りを撒き散らし、

自分の承認欲求を家族に確認し続けたりと
コロコロ気分を変え家族を巻き込む生活をしていました

これは、私にも通ずるところがあります
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馬屋

私は小学校6年生のころに、一人部屋がもらえました

私の実家のつくりは、昔の農家の家で
玄関を入ると20畳ほどの板の間があり、
板の間をはさんで向かって左側が座敷空間、
右側が台所やお風呂、トイレなど
生活に使うものが揃っている部屋が集まっていました

私の新しい一人部屋は、
右側の生活に使うものが集まっている方の
馬屋があったところを改装してつくられました

それも、私の同意は全くなく
作っている間も何をしているのかいまいちわかっていませんでした

いざ出来上がり、「ここがお前の新しい部屋や」と言われて
私は、(捨てられたんだ)という感覚になりました

みんなが寝るときに行く座敷は左側、私だけが右側
間には、20畳もの板の間の空間

その板の間には、囲炉裏もありましたが、
寝るときには火も消されて誰もいません

寂しくて、寂しくて

夜、みんなが部屋に入った後
母が台所の用事を済ませてお風呂に入り
私の部屋の前を通って自分の部屋に行こうとするとき
母を呼びとめては学校での話や友達の話を延々として
母を足止めしていました

母は、きいているのかそうでないのか、
顔色を特にかえるでもなくぼんやりと、
ただ、うん、うんとうなずき聞いていて、
まるで、私の話が終わるのを我慢して待っているようにも見えました

それでも私は母と一緒にいたくて、
毎日、お風呂上がりの母を呼びとめては
いろんな話をしつづけました

私の話しのネタがつきると、
母はみんなのいる部屋にかえって行きました

何の満足もえられない、ただ寂しい感覚が残る時間でした
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カーディガン

田舎で親戚が集まると、電車で来た人の為に
車の運転ができない父に代わり
母が駅まで送迎をしていました

私は、親戚のおじさんやおばさんを
一緒に駅まで見送りにいくのを楽しみにしていました

その頃お気に入りだった
クリーム色でぷくっとぼんぼりのような編み込みがしてある
よそゆきのカーディガンを羽織って
ウキウキしながら車庫の所まで行きました

山ん中で田んぼや畑しかない環境に住んでいた私にとって、
駅はまるでテーマパーク並の楽しそうな場所でした

2両編成の電車や線路
切符の券売機、ジュースの販売機、
駅員さんがパチンと切符を切るしぐさ、
その間を行き交う、よそ行きの格好をしたお客さんたち

駅の隣には、何台ものバスがとまっているバスターミナル
ゆうゆうと行き交う大きなバス

駅の周りには、食堂が喫茶店があって、
美味しそうなどんぶりや麺もののレプリカが並んでいるケース

バスターミナルの逆側には、
特殊合金を作る大きな工場があって
大きな音がしたり、ダンプカーが出入りし、
まるでロボット工場のようでした

それに、駅までの道に、私の通学路があり
おじさんやおばさんたちが通学した道でもあり
いろんな思い出話をきいたり
自分の話もしようと楽しみでした

私は、おじさんやおばさんたちと一緒に
車に乗り込もうと車のそばで待っていると、
運転席に座っている母に
「おめーはこんでいい!」とピシャリといわれました

理由は、私が乗ると、
車に乗る人数がオーバーになるからでした
でも、弟は小さいから
大人のひざに乗せておけば
人数にならないと言う理由で連れて行ってもらえました

なんで弟だけみんなといけるのか
弟ばっかりずるい
一緒に行ける弟が羨ましかった

一緒にいけないことも知らず、
お気に入りのカーディガンにまで着替えて、
ウキウキと喜んで車庫まで行ったのに
みんなの前で、お前は来るなと言われて
とても恥ずかしかった

それに、どうして私だけがつれていってもらえないのか?
人数が多いからという理由も納得できなかった
なにより、私も一緒についていきたかった

駅に行って色々なものをみたかった
お気に入りのカーディガンでお出かけしたかった
車のなかで、おじさんやおばさんと
色々話しながら盛り上がりたかった

どの楽しみもなくなって
私はぼんやりと
車庫の近くの柿の木の下で
みんなが乗ってる車を見送っていました

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プロフィール

zukamama

Author:zukamama
夫がうつ病になり、わが子が不登校になったことから、自分の生きづらさが関係していることを知り、回復に向けてやってきたこと、きづいたことを書きづつっています

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